英雄の天意~枝葉末節の理~
 心は何度も「戻りたい」と血を流し叫びをあげる。

 それでも、振り向いてはならないのだと強く自分に言い聞かせた。

 風がナシェリオの哀しみに呼応するように草原を撫でつけて物憂げな鳴き声を響かせる。

 私がもしドラゴンになったなら、誰かが倒してくれるだろうか。

 そんな人間が現れたなら、私は喜んでこの首を差し出そう。

 どんなに悔いてもあの日々は戻らない。

 二人で酒を酌み交わし暖炉の前で語り合った夜も、たわいもない話で盛り上がった記憶も、何気ない暮らしの中で過ぎていく刻のいかに輝いていたのかを思い知らされる。

 ──西の辺境で誕生した英雄の話は瞬く間に広がり、しばらくは噂を聞きつけた王都からの使いが村を幾度か訪れたものの、英雄のいなくなった村に恩恵など与えられるはずもなく集落は次第に衰退していった。
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