英雄の天意~枝葉末節の理~
「お? おっとと」

 しかし、男はやにわに立ち上がったせいか一気に酔いが回り、一歩二歩とふらついて隣の席に手を突いた。

 その拍子にテーブルにあった酒のカップが床に落ち、漁師であろう男は静かに酔っぱらいの背中を睨みつけた。

 漁から戻ってようやくひと息つけると心弛(こころゆる)び席について早々に、あおろうとした酒は伸ばした手に触れることなく床にまき散らされた。

 液体は板張りの床に広がり、漁師の心情を物語るかのように黒く染まっていく。

 漁師は理不尽に奪われた愉しみに無言で立ち上がると、酔っぱらいを無理矢理に振り向かせて胸ぐらを掴み、殴る訳でもなく強く押しやる。

「なにしやがんだ!」

 男は息巻いて張り合うがしかし、その足元は心許なくふと崩れた体勢を立て直せずに他のテーブルに体ごとぶつかった。

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