続 音の生まれる場所(下)
ドアを開けて入る。美男美女の二人は注目の的。そして、三重ガードの怪しい風貌の私も。

「ふぅ…」

取りあえず店の中では帽子を取る。パラ…と流れ出る髪を見て、ユリアさんが声を上げた。

「キレイだって」
「えっ…⁉︎ 」

坂本さんの声に振り向く。
ユリアさんが髪の毛を撫でながらジェスチャーした。

「ああ…髪ですね。花粉付かないように帽子の中に入れてるから」

肩までしかないけど、帽子取るとパラ…と流れ出るからキレイに見えたらしい。

「ご注文は?」

ウエイトレスさんに聞かれ、ユリアさんにメニューを説明してる。流暢なドイツ語。この人、ホントに坂本さんなんだろうか…。

「小沢さん、何飲む?」

急に聞かれハッとする。

「あ…えと…チョコミントティー…」
「かしこまりました。少々お待ち下さい」

背の高いウエイトレスさんが去って行く。その後ろ姿を見ながら彼女が彼に質問してる。それも勿論ドイツ語で。

(なんだか異邦人だな…私…)

レンズの向こうにいる二人。まるで、おとぎ話の中に出てくる人達みたい。

「ところで、あの…この間言ってた知り合いの方って、ユリアさんのことですか?」

3日前のことを確認する。ちらっと彼女を見た彼が私の方に振り向いた。

「まぁそう…。彼女ドイツで声楽やってて、日本公演に来たついでに会いに来てくれたんだよ」
「声楽…歌ですか?」
「うん…ソプラノ歌手なんだよ。歌劇団の」
「歌劇団…」

そう言えば、テレビのCMで見た気がする。県の公会堂でドイツ歌劇団の公演があるって…。
目の前に座ってる二人がドイツ語で喋ってる。なに言ってるか、さっぱり分かんない。

「公演一週間後だから見に来て欲しいって」
「私にですか?」

自分を指差す。すると彼女がコクコクと頷いた。

「演目は『トスカ』聞いたことある?」
「タ…タイトルだけなら…」

確か有名なオペラだったよね…と記憶の端っこ探る。

「彼女、その中で主役を演じてるんだ」
「へ、へぇー…すごいですね…」

美人でモデルみたいにスタイル良くて、おまけに歌劇団のスター。私なんて足元にも及ばない…。

感心してると飲み物が運ばれてきた。マスク外してメガネを取る。するとまたしても声が上がった。

「可愛い…って。君が」

何故か坂本さんが照れてる。そんなふうにされると、こっちまで恥ずかしい。

「あ…ありがとうございます…」

ぺこり…と一礼。ニコニコしてるユリアさんの方が、私よりも数段キレイなのに…。
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