続 音の生まれる場所(下)
「…今の…お邪魔さまって言ったんだよ」
「お邪魔さば?」

オシャカサマ…と似てなくもないか…。

「僕が仕事の話をしてるって言ったから」
「あ…それで…」

彼が近寄って来る。

(マズい。崩れたメイク見せられない!)

慌ててマスクし直した。

「ユリア、大和撫子に憧れてるらしくてね…」
「大和撫子?…」

ドイツ人なのに…?

「ぞれで留学しだいんですか?」
「…そうらしいよ」

椅子に連れて行かれる。原稿の打ち合わせを済ませてから留学の話を切り出した。

「び浦さん、留学の件、奥さんに聞いてびるって言っでばしたげど…」
「奥さんに?…何故?」
「それがよぐわがらなぐで…ぐわしい話が分がったらばた連絡しばす…」

原稿をバッグに片付ける。三浦さんはゆっくりしてきていいと言ったけど、今日はもう帰りたい。

「じゃ…じゃあ…お邪魔しばしだ…」

最後まで訛ってる。ヤダな鼻づまりは…。

「送ってくよ」

チャリだけど…って坂本さんが立ち上がる。

「ぞ…ぞんな…いぞがしいがらいいでず!」
「良くない!そんなにヒドイ状態なのに、歩いたらますますヒドくなる!」

強情言わない…って。見破られてる。




「……すびばせん」

背中につかまって謝る。チャリの後ろに乗るのは二度目。最初の時は朔のことを思い出してしまったけど、今日は独り占めできたみたいで嬉しい。

「どう致しまして」

なんだか嬉しそうな顔される。…もしかして喜んでる…?

(背中あったかい。触れてるとホッとする…)

走り始めた背中に少し寄りかかる。風が遮られて、呼吸がしやすい…。

(こうしてると聞きたくなるな…ドイツでも誰かと二人乗りしてたの?ってーーー)

何も知らないドイツでの生活。小さな事でもいいから知りたいのに、なかなか聞き出せない。

「…さがぼどさん」
「ん…?」
「あの…ユリアさんの歌声聞いだっでハルシンが言っでばしだ…すごぐ良がっだっで…」
「…うん」
「わだしぼ練習に来でだら良がっだのにって言われで…でぼ、今ごんな調子だし…」

帽子にメガネにマスク…三重ガードしてても意味がないくらい症状重い。

「公演…見に行っだら迷惑じゃないがとおぼうんですげど…」

クシャミ出始めたら止まらないし…って、これは言い訳に過ぎないけど…。
キィ…とブレーキの音がする。顔を上げてみると、彼が振り向いた。

「そう言わず一緒に行こうよ。ユリアの歌声も素晴らしいけど、舞台も見応えあって面白いよ」
「…さがもどざんは…観だごどあるんでずか?」
「あるよ。ドイツではほぼ毎週、観るか聞くかしてた」
「ば…ばいしゅう⁉︎ 」

初めて聞くドイツでの週末の過ごし方。それは音楽家にとっては素晴らしい環境であることを意味していた。
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