続 音の生まれる場所(下)
生まれて初めて
定期演奏会から3週間後の日曜日。彼と朝から会う予定だったのに…
「ごべんざさい……今日どでも…ぶりでず…」
鼻水、鼻づまり、涙目に頭重…。花粉症の症状満載でかける電話。情けなくて仕方ない。
金曜日の午後、妙だな…と少し思った。いつもになく鼻水は出てくるし、日頃どうもない目がやたらゴロゴロする。
会社が年度初めで、しばらく忙しかったからかな…と、あまり気にも止めずにいたんだけど…。
土曜日、それは一気に悪化した。午後2時からの楽団の練習。間に合うように県ホールへ向かっていた時…
「…くっしゅん!」
鼻がムズムズしてクシャミが出始めた。一度出始めたら2度3度じゃ止まらなくて、最低10回くらいは連続でしただろうか。
やっと止まったと思ったら今度は鼻水。かんでもかんでも出てくる。しかも止まらないからメイクを直す暇もない。
「真由ちゃん…花粉症?」
同じフルートの石澤さんから聞かれた。
「いいえ。私、花粉症じゃないですよ」
鼻をぐすぐす言わせながら答える。目がゴロゴロしてしきりに瞬きを繰り返してたからだろう、石澤さんがバッグの中から手鏡を取り出した。
「まつ毛でも入ってるのかもよ、見てみたら?」
「すみません…」
手に取りまぶたを上げたり下げたり。何もないけどゴロゴロ感は取れない。取れないどころか今度は返ってチクチクしだした。
手でゴシゴシ擦ると涙が滲む。滲むと少し痛痒い。
「…やっぱり花粉症だと思うよ。その症状」
鼻水が水っぽくて止まらない。目がゴロゴロ、チクチクして涙が出る。「間違いない!」と石澤さんは声を上げた。
「去年まではどうもない人が急に発症することもあるらしいから…」
同情に近い眼差し。必死に止めようとするけど鼻水は止まらず、ろくに楽器を吹ける状態じゃなくなった。
「すびばせん…具合悪いので帰りばす…」
鼻が詰まってきた。口でしか呼吸できなくなって、これじゃあフルートは完全に無理。
「大丈夫か…?早く治せよ」
団長の柳さんからもお気の毒って顔される。せめて、自分の彼氏の顔を見てから帰りたかったけど、例によって遅刻の常習犯で来てもない。
「さがぼどさん来たら言っどいて。ばたあじだ…って」
「あっ⁉︎ あじだ⁉︎ 暗号か?」
「違うよ、明日だよ、明日。デートの約束だよ」
中学の頃からの同級生で友人のハルとシンヤ。
同じ楽団で楽器を演奏する彼らは、私が坂本さんというトランペッターを付き合ってるのを知っている。
「お前、そんなで明日出かけられんのかよ。 鼻の下真っ赤でカッコ悪りぃぞ」
「それを言うなら目だって真っ赤だよ」
ふたりの言葉にアタフタする。隠そうたって今更隠せるもんでもない。
「取りあえず、コレ使えよ」
ハルのカバンから出てきたのは使い捨てマスク。子供の頃から花粉症のハルにとって、この時期はゼッタイの必需品。
「ありがど…」
口は悪いけど気遣いはできる。ハルは昔からそうだった。
「じゃあ僕はコレやる」
食いしん坊のシンヤのポケットから出てきたのはミントガム。
「鼻がスースーする!ありがどね!」
マスクの下の口、モグモグさせながら練習室を出た。通用口のドアの前、少しの間、彼を待ったけど…
「限界…帰ろっ…」
楽器の入ったバッグ片手に歩き出す。歩きながら彼に送るメール。
『急に花粉症になってしまいました…目が痛くて鼻水も止まらないので帰ります。また後で連絡します』
駅に着くまでの10分足らずの間に返事はなく、電話がかかってきたのは夕方ーーー。
「ごべんざさい……今日どでも…ぶりでず…」
鼻水、鼻づまり、涙目に頭重…。花粉症の症状満載でかける電話。情けなくて仕方ない。
金曜日の午後、妙だな…と少し思った。いつもになく鼻水は出てくるし、日頃どうもない目がやたらゴロゴロする。
会社が年度初めで、しばらく忙しかったからかな…と、あまり気にも止めずにいたんだけど…。
土曜日、それは一気に悪化した。午後2時からの楽団の練習。間に合うように県ホールへ向かっていた時…
「…くっしゅん!」
鼻がムズムズしてクシャミが出始めた。一度出始めたら2度3度じゃ止まらなくて、最低10回くらいは連続でしただろうか。
やっと止まったと思ったら今度は鼻水。かんでもかんでも出てくる。しかも止まらないからメイクを直す暇もない。
「真由ちゃん…花粉症?」
同じフルートの石澤さんから聞かれた。
「いいえ。私、花粉症じゃないですよ」
鼻をぐすぐす言わせながら答える。目がゴロゴロしてしきりに瞬きを繰り返してたからだろう、石澤さんがバッグの中から手鏡を取り出した。
「まつ毛でも入ってるのかもよ、見てみたら?」
「すみません…」
手に取りまぶたを上げたり下げたり。何もないけどゴロゴロ感は取れない。取れないどころか今度は返ってチクチクしだした。
手でゴシゴシ擦ると涙が滲む。滲むと少し痛痒い。
「…やっぱり花粉症だと思うよ。その症状」
鼻水が水っぽくて止まらない。目がゴロゴロ、チクチクして涙が出る。「間違いない!」と石澤さんは声を上げた。
「去年まではどうもない人が急に発症することもあるらしいから…」
同情に近い眼差し。必死に止めようとするけど鼻水は止まらず、ろくに楽器を吹ける状態じゃなくなった。
「すびばせん…具合悪いので帰りばす…」
鼻が詰まってきた。口でしか呼吸できなくなって、これじゃあフルートは完全に無理。
「大丈夫か…?早く治せよ」
団長の柳さんからもお気の毒って顔される。せめて、自分の彼氏の顔を見てから帰りたかったけど、例によって遅刻の常習犯で来てもない。
「さがぼどさん来たら言っどいて。ばたあじだ…って」
「あっ⁉︎ あじだ⁉︎ 暗号か?」
「違うよ、明日だよ、明日。デートの約束だよ」
中学の頃からの同級生で友人のハルとシンヤ。
同じ楽団で楽器を演奏する彼らは、私が坂本さんというトランペッターを付き合ってるのを知っている。
「お前、そんなで明日出かけられんのかよ。 鼻の下真っ赤でカッコ悪りぃぞ」
「それを言うなら目だって真っ赤だよ」
ふたりの言葉にアタフタする。隠そうたって今更隠せるもんでもない。
「取りあえず、コレ使えよ」
ハルのカバンから出てきたのは使い捨てマスク。子供の頃から花粉症のハルにとって、この時期はゼッタイの必需品。
「ありがど…」
口は悪いけど気遣いはできる。ハルは昔からそうだった。
「じゃあ僕はコレやる」
食いしん坊のシンヤのポケットから出てきたのはミントガム。
「鼻がスースーする!ありがどね!」
マスクの下の口、モグモグさせながら練習室を出た。通用口のドアの前、少しの間、彼を待ったけど…
「限界…帰ろっ…」
楽器の入ったバッグ片手に歩き出す。歩きながら彼に送るメール。
『急に花粉症になってしまいました…目が痛くて鼻水も止まらないので帰ります。また後で連絡します』
駅に着くまでの10分足らずの間に返事はなく、電話がかかってきたのは夕方ーーー。