続 音の生まれる場所(下)
オペラ『蝶々夫人』は芸者になった武家の娘が主人公のお話。
アメリカの海軍士官と結婚した彼女は、夫の任期が終わって離れ離れになってしまう。夫の帰りを信じて待つ蝶々さんは子供を産み育てるんだけど、それを知らずにいる夫はアメリカで結婚して、再び日本に帰って来た時はそのアメリカ人妻も一緒。全てを知った蝶々さんは悲しみに暮れて自害する…というのが大まかなストーリー。

(…それがどうして私になるの…?)

意味が分からないまま話し続けるレオンさんの顔を見る。音楽家なのにまるで舞台俳優みたいに饒舌な語り。でも、何言ってるかサッパリ不明…。

(こうなると宇宙人の話聞いてるみたいだな…)

取りあえず意味は不明だけど笑っておこう。スマイルだけは万国共通だから。


「真由子…」
(んっ⁉︎)

声がする方を見た。赤い顔した坂本さんがこっちを見てる。

「今…呼びました?」
「うん…呼んだ」
「な…なんて…?」

改めて聞いてしまう。あまりにさり気なさすぎるから。

「ま…真由子」

顔赤い。坂本さんって、演奏の時以外はホント照れ屋だ。

「は…はい…」

返事してるこっちの顔もアツくなる。

「レオンが君とお茶したいって。時間も早いしここのレストランでどうかって」
「さ…坂本さんは?」
「同席するよ」

ホッ。

「じゃあイイです。あっ、でも花束…」
「後で舞台上にいる時に渡したらいい」
「じゃあそうします…」

花束抱えてレストランに移動。例によって坂本さんがメニューをドイツ語で解説。さすがだな…。

「ミス・バタフライ…」

自分のことを呼んでると思って振り返った。レオンさんがニコッと笑う。何か知らないけど妙に嬉しそう…。
それから自分の口元を指さして聞いてる。坂本さんが答える。どうやらこのマスクの理由を聞かれてるみたい。

(外しとこう…)

考えてみたら外じゃなかった。しかもここはレストランだし。

「lieblich!」
「はっ?」
「可愛いって。君が」
「あ…ど、どうも…Thank you…」

カタコト英語で返事。でもコレも万国共通。

「ところで坂本さん…私に会いたがってる人ってレオンさんなんですか?」

ニコニコしながらこっちを見てる。なんでそんなにニヤついてる⁉︎

「そう…。レオンは僕に彼女がいるのが、どうしても信じられないみたいで…」

会話を訳して言ってる。レオンさんが目を丸くして私の方を向いた。

「SAM is SAMURAI」

ドイツ語じゃなくて英語で言ってくれた。

「サムライ?坂本さんが?」

指さして聞いた。

「Yes!Japanese Only One !」
(たった一人の日本人…って意味?)

「レオンは僕が一人で楽器作りの修行に来たと聞いた日からずっと侍のようだと言い続けてるんだ。全然違うって説明するんだけど…」

呆れるように話してくれる。それによると『SAM』は『SAMURAI』から取ったらしく、ドイツでは皆がそう呼んでいたそうだ。

「名前もオサムだし、近いからいいかと思って…」

カッコいいし…って。意外。でも『侍』と思われたのには他にも理由があった。

「SAM…NO… Girl Friend… 」
(サムはガールフレンドがいない…?)

チラッと彼を見る。なんとも言えない恥ずかしそうな表情。その言葉の意味は、帰りまで教えてくれなかった。
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