続 音の生まれる場所(下)
『トスカ』はオペラ初心者の私にも分かり易いストーリーで面白かった。中でも警視総監に言い寄られたトスカが、彼に応じるふりをしてナイフを突き立てる場面は迫力があり、「スゴい」と言っていた、坂本さんの言葉の通りだった。

「…だけど可哀想よね…最後は二人とも死ぬなんて…」

初めて見るオペラに感動して泣くのなんて、私くらいのもの。

「トスカ…恋人と逃げられると思ったのに…殺されちゃってるなんてあんまりだと思わない…⁉︎ 」
「でも、これ…お芝居だから…」

困った様に坂本さんが宥める。

「そうだけど…!」

グスグス泣いてる方がヘンだとは思うけど、なんか分かるんだってば。トスカの気持ちが…。


高校の頃、付き合ってた彼と初めてキスをした後、これからも同じ様に幸せな日々が続くと信じた。でも実際、彼は死んでしまって、二度と会えなくなってしまったーー。

(あの時はショックが強過ぎて、部屋から出られなくなったもん…)

世の中の全てが嘘っぽく見えた。時間も曜日も関係ないくらい落ち込みがひどかった…。
トスカを見て、その時の自分を思い出した。自殺こそしなかったけど、それくらい朔のことが好きだった…。


「…もう泣き止んで…」

優しい彼の声。この人もやっと手の届く所に帰って来たのに、いなくなったらどうしよう…。

「坂本さん…」

うえ〜ん…と更に泣き出す。困ったように彼が私を抱き寄せた。

「…ミス・バタフライ…ドウシマシタ?」
「はっ…?」

顔を上げて目を向ける。目の前にレオンさんのブルーの瞳。

「ギャッ!」

坂本さんにしがみつく。レオンさんがショック受ける。
もしかして私、今とっても失礼なことした…?




「くくく…」

笑い噛みしめてる。オペラが終わった後、駅に向かいながら坂本さんはずっと笑ってばかりいた。

「もういいでしょ…そろそろ笑うのやめて下さい…」
「分かってるけど…マジで怖がるから可笑しくて…レオンは固まるし…」

腹痛い…って、笑い過ぎなんだってば。

「…私も大げさに驚いて失礼だったかもしれませんけど、坂本さんの知り合いの方も相当変わってますよ」

まさかあんな近くで顔覗き込んでるなんて思わなかったし。

「それにユリアさんのあの難解な日本語、少し疲れます…」

ひとしきり泣いて楽屋に伺った時のこと。私の顔を見て彼女が言った。

『MAYUKO…ナキウサギ…?』
(泣きウサギ…?)

何の事だろうと首を傾げた。目を指さしてる。

(あ…泣き過ぎた?…って聞いたのか…。目が赤いから…)

あはは…と笑ってごまかし。慣れない言葉を懸命に使おうとするのはいいけど解読は厄介だ。


「あの二人、日本が好きなわりによく知らないんだよ。未だに忍者がいると信じてたり、お城に殿様がいるんだろ?と聞いてきたりするくらいだから」
「それで私まで蝶々夫人なんですか?」
「いや、あれはそういう意味じゃなくて…」

恥ずかしそうにしてる。理由が分からず顔を覗くと、照れ臭そうに答えた。

「レオンに…真由子は僕の帰りを待っててくれた人…と言ったから…」
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