続 音の生まれる場所(下)
5月に入ると、少し症状も落ち着いてきた。

「調子どう?」

オペラの日から4日経った頃、坂本さんから連絡があった。

「今日はとてもいいんですよ。外に出ても目も痒くないし、鼻もぐすぐす言わなくて…」

銀行へのおつかい中、そう答えた。

「そう。…じゃあ今夜会おうか。この間のやり直しで…」

オペラの日に私が秘密を告ってしまったから、ゆっくり食事もできなかった。

「いいですよ。どこで待ち合わせます?…あ、はい…じゃあそこで…」

電話を切って変だな…と少し思った。だって、坂本さんが指定してきた場所はーーー



(えーと、確かに二人で…とは言わなかったけど……)

ニコニコしてる二人の外人さんを前にして、仏頂面はできないから笑うけど…。

(…これってどういう意味なんですか⁉︎ )

無言のまま彼を見る。すました顔で笑顔が返ってくる。最初から四人で…って意味だったの…⁉︎

「Hallo!ミス・バタフライ!」
「MAYUKO ヒサジブリ!」
「…ど、どうも…こんばんは…」

ブルーの瞳と褐色の瞳がこっちを見て笑う。
レオンさんとユリアさん、どうして二人が一緒なのかは全くもってナゾ。

「MAYUKO カフンショ ヨロシ…?」

先週から青女に通ってるというユリアさんは、以前よりほんの少し日本語が上達してるみたい。

「あ…はい…前より少しラクです…」

全くドイツ語の話せない私に代わって、坂本さんが通訳してくれる。それを聞いて二人が喜んだ。

「オメデト!」
「ソリャナニヨリ!」
「は…はぁ…」

間違ってない気はするけど、この二人の言葉…やっぱりヘン。

「あの…実はレオンが明日帰国することになって。オケラの方の演奏会が早まったらしくて…」
「はぁ…」
「今夜が最後だから君にもう一度会いたいとか言いだして…」

(それでここを指定…?)

スキヤキ鍋を囲んだテーブル席に四人。リクエストしたのは勿論レオンさん。

「すき焼き食べてみたいんだって」
「そうですか…」

運ばれてくる食材前にして沈黙。もしかしてこれ…私に作って欲しいってこと…?

「…私が作るんですか?」

一応確認。坂本さんが作れるかどうか。

「うん…申し訳ないけど…」
「そう…(やっぱりね…)」

服の袖捲る。割り下入れてお肉を絡める。その間、卵を割るのは彼の役目。

「つけて食べるんだよ」

ドイツ語で二人に説明してる。納得しながらもオドオド口に入れる二人。その顔が同時に綻んだ。

「オイシ…」
「グー!」

(こんな時までムリして日本語使わなくてもいいって…)

思わずツッコミたくなるけど、ホントに喜んで食べてる。

(良かった…やっぱり美味しい物食べてる時の顔って最高…)

見てると嬉しくなってくる。そういえばあの定演以来、坂本さんに手料理とか振舞ってもなかった。
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