続 音の生まれる場所(下)
「あの二人…来年結婚するんだって。さっきそう言ってたよ」
「…もしかして、ドイツ語で少し話してた時ですか?」
「なんだ…聞いてたの?」
「三人の様子がなんだか変だな…って思って…」

特に坂本さんの表情が固くなったのが、一番気になった。

「…ショックだったんじゃないですか?ユリアさんが結婚すること…」
「なんで?」

不思議そうにされる。自分の中にあった不安を彼にぶつけてみた。

「だって…顔が固まってたもん…」

てっきり未練があるのかと思った。なのに彼は可笑しそうに笑いだした。

「そう?そんなつもりなかったんだけど……あっそうか。お祝いどうしようとか考えたからかな…」
「そんな感じの顔じゃなかったです! 」

明らかに少しショックぽかった。少なくとも私にはそう見えた。

「…でも心配になったのは確かだよ。収入も少ないし…あっそれと…一つ思った事がある」
「何ですか?」

身を乗り出して聞いた。微笑んだ彼が顔を近づける。

「羨ましいな…と思った。僕もしたいな…って…」

ドキッ…とする様な言い方に胸が震える。結婚も何も、私達はそんな関係にまで至っていない…。

「そ…そうですか…」

思わず顔を逸らしてしまった。ドキドキする胸の鼓動を聞きながらカクテルを飲む。その様子をジッと彼が見ていた。

「な…何ですか?」

顔を向けずに聞いた。

「可愛いなと思って…君が…」
「 そ、そんな事ないですよ…!」

慌てて否定する。

「坂本さん…少し酔っ払ってるんじゃないですか?」

ウイスキーのロックなんか飲んでるから…と指さした。

「こんなの一、二杯飲んだからって酔ったりしないよ」

笑いながらお替わり頼んでる。意外にお酒強いんだ…。


「ドイツでね…付き合う子が皆君に見えたんだ…可愛くて、少し気が強くて強情で…」
「私…そんなに強情ですか⁉︎ 」

そりゃまあ、すぐに強がってしまうけど…。

「強情だよ。ホントはすごく弱いのにすぐに虚勢張る。…でも、そのおかげで僕はドイツへ安心して旅立てたけど……」

送別会の夜、背中を向けた。涙を見せないように、彼の足枷にならないように…。

「芯の強い女性だよね…人を一途に想って…」

朔の話をしたのはハル。初対面だった四年前の定演で、ポロリと発した一言からだった。

「僕はそんな君と…早く会いたいといつも思ってたよ…」

ドイツでの修行中、彼は私のフルートに支えてもらった…と言ってた。
でも、実際の私は彼に何もしていない…。

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