続 音の生まれる場所(下)
音の生まれる場所
電車を乗り継いで40分後、私は工房の裏口に立っていた。
電車に乗ってる間以外は、ずっとダッシュで走ってたから、息は切れて、スゴく苦しい。
でももう…一時もじっとしてなんかいられない…!

逸る鼓動を押さえてドアノブを握る。カギが開いてる。
私が来ると言ったから、きっと彼が開けたんだ…。

「……理さん!」

走り込んで戸を開けた。和室の真ん中に布団を被ったままの人がいる。
上がり込んで、機関銃のように喋り出した。

「あのね!私、気づいたの!…あっ!その前に…この間はごめんなさい!あなたの言ってることがよく分からなくて、ウソついて家に送らせて…でもね!私、分かった!一番大事なこと!…誰よりも、あなたのことが大好きだって!楽器作りも、応援してるって!だから、これからも側にいさせて欲しい!…美味しい料理作って…面白いこといっぱい言って…あなたを励ますから!…だから…どこにも行かないで!…私を…一人にしないで…!(朔とはもう…さよならしたから…!)」

涙が出そうになる。声が震えて、最後の方は掠れてしまった…。



「……だからどこにも行かない…って、何度も言ってるじゃないか…」

背中を向けてた人がこっちに向きを替える。
眠そうに欠伸して、前髪をかき上げる。弧を描いたような眉が歪む。伏せてた奥二重の目が瞬きして、ゆっくりと見開いた…。

「…真由子は…いつだって心配し過ぎてる。亡くなったカレシのように、僕が目の前から消えてしまうんじゃないかって。でも…」

スッ…と布団の隙間から手が出てきた。私の手を包み、ぎゅっと握った…。

「何度も言うけど…僕は二度と、君を置いて行ったりしない。君を一人にして、心細い思いをさせたりしない。だから安心して。ここにいるから。君の手が、すぐ届く場所に…」

ねっ…?と微笑んでくれる。
笑ってて欲しいと言った彼の言葉の意味が、ようやく呑み込めたーーー。


「…理…さん……」

涙が溢れる。でも、悲しいからじゃない。嬉しくて…胸がいっぱいになったから……

「……やっと名前で呼んでくれた…嬉しいよ…」

起き上がった彼が優しく私を抱く。この温もりを、ずっと手にしたかったーーー。

「……理さん…」

ぎゅっと背中を抱きしめる。

朔とはできなかったことを、この人と一から始めるんだ…。

「真由子…」

優しい声がする。顔を上げると、彼の顔が綻んだ。

「…涙も綺麗だけど…やっぱり笑ってる君が一番好きだよ…」

熱いキスをしてくれる。あの定演の後みたいな甘い味。
彼が私にくれるものは、いつだって幸せに満ちている…。



「…真由子……いい?」

我慢できなくなった彼が囁く。抱き締められたまま、大きく震える胸。…ドキドキしながら、小さく頷いた。

頬を包む彼の手が震えてる。
慣れてる筈なのに、やっぱり緊張してるのかも…。

……ゆっくりと重なる唇から吐息が漏れる。…頭の中が真っ白になっていく。

溢れ出しそうな程、彼の愛に満たされて、

私は今改めて、人を好きになることの意味を…

覚えたーーーー。


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