続 音の生まれる場所(下)

おわかれの時

「ナガキコト…オセワニ…ナリマシタ…」

8月の初め、ユリアさんはドイツへ帰国することになった。

「また遊びにおいで」
「いつでも待ってるから」

水野先生夫婦と言葉を交わす。この三ヶ月間、本当の娘のように可愛がってもらったらしい。

「SAM…マユコ…」

褐色の瞳が近づいてくる。
スラリとした手足。モデルのようなスタイルの彼女。側に来ると、ますますキレイだ。

「フタリトモ…アリガト…」

ギュッと抱きつかれる。相変わらず、胸…大っきい…。

「ドイツに帰ったら、レオンによろしく」

彼が背中を叩く。ユリアさんが頬にキスして、小さく頷いた。

「…お元気でね」

私にもキスする。外国風の挨拶には、どうも慣れない。

「マユコ…」

身体を放して私を見つめる。『大和撫子』だと勘違いしたまま、帰国するのだけはやめてよね。

「ワタシ…アオバデ…『ヤマトナデシコ』ケンキュ…シマシタ…」
「研究⁉︎ 」
「YES…」
「それで?…何が分かった?」

彼の方が聞きたがってる。彼女は私に言ってるのに。

「『ヤマトナデシコ』is マユコ!」
「はぁ⁉︎ 」

呆れる。だから、なんでそうなる⁉︎

「マユコ…SAMノコト…マッタ。ドイツ ト ニホン…トオイ…ハナレテル…。ワタシナラ…マテナイ…」

この三ヶ月間も長過ぎて、毎日レオンさんのこと考えてたんだって。

「ナノニ…マユコ…サンネンカンモ…ガマンシタ…。スバラシ…!」
「はは…」
(参ったな…そんな言い方されると…)

待ってたのは確かだけど、フラフラしてたもんな…私。

「ガマンツヨクテ…カワイクテ…マユコ…マチガイナイ!『ヤマトナデシコ』!!」
「いや、だから、違うって…」

「そうだよ。ユリア」
「えっ…⁉︎」

ギョッとする。いきなり話に割り込んできた彼が私の肩を抱いた。

「真由子は本物の『大和撫子』だから僕は彼女を選んだ」

きゅっと抱き寄せる。こんな事、人前でできる人だったの…⁉︎

「彼女が待ってるから、一人に絞らなかった。ユリアのおかげで、間違いも起こさずに済んだ。ありがとう…君もレオンと…どうか幸せに…」

力強く肩を抱く。いつもの様な優しい感じじゃない。…少し…痛いくらい…。

ユリアさんが微笑む。その顔が、やっぱり寂しそう…。

「レオン…イイヒト…ワタシ…シアワセ……」

なんで泣く⁉︎ 幸せなのに…。

「ユリアさん…?」

私の声に顔を上げる。涙が…宝石のように零れ落ちる……。

「マユコ…SAMノコト…オネガイ……」
「う…うん…じゃない…はい!」

戸惑いながら返事する。
ニッコリ笑う彼女の目に、涙の粒はもう見えない。
さっきの涙は、一体、何の意味があったんだろう……。

搭乗口のゲートが開く。乗客の波が動き出す。
ユリアさんが踵を返して歩き出す。

靴の音が高く鳴り響いて、そして…


消えて行ったーーーー。

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