続 音の生まれる場所(下)
「調子どう?」

3日後、やっと彼から電話。

「薬が効いてる間はまあまあラクです…」

むすっとして答える。言いたい事や聞きたい事、胸の中にしまい込んでるからだろう。

「明後日の夜、会わせたい人がいるんだけど都合つく?」

ピクッと耳が動く。

「会わせたい人…って誰ですか?」

質問に答える前に質問してる。イヤだな、私って…。

「仕事の関係者。君に会ってみたいんだって」
「私に…?」
「うん…僕に彼女がいることが信じられないらしくて…」

(彼女…)

そう言われると嬉しい気がする。特に彼の口から聞くと…。

「明後日ですね、大丈夫です。あっ…でも私、マスク外せないけど…」

機嫌なおす。彼に会えるってだけで少しハッピーだから。

「いいよ。君がどんな人か見たいってだけだし。…仕事終わったら工房の最寄り駅まで来てくれる?何時なら来れる?」
「定時で上がって…7時半なら余裕で行けます…はい。じゃあ改札口のとこで待ってます…」

私の職場の最寄駅でもいいですよ…と言いたくなるのを我慢する。3日前のことを口にしそうで、ぎゅっと唇を噛んだ。

「あ、あのさ…誤解のないように言っとくんだけど…」

回りくどい言い方。坂本さんって、どうもそんな所がある。

「その人、仕事上の付き合い…ってだけだから…!個人的には何もないから…!」
「はあ…分かりました…」

意味が分からず、一応納得する。会う前からそれを言うなんて、どうしてなのかと思ってたけどーーー。




(なるほどね…よく分かった…)

べたっとくっ付いてる女性を前にして、妙に納得した。

「ユリア・シュミットさん、僕がドイツでお世話になった人の娘さん」
「Hallo」

坂本さんの肩に凭れたまま、ちょこちょこと指先を揺らして挨拶する。

「あ…こ、こんばんは…初めまして。小沢真由子です」

軽く会釈して自己紹介。それを坂本さんがドイツ語に訳して言ってくれる。

「MAYU…KO…?」
「YES」

片言の英語しか話せないから、それで答えた。
ニコッと可愛い笑顔が返ってくる。どうやら彼女も英語なら分かるらしい。

じ…と二人の姿を見る。ブロンズヘアにモデルみたいな細い手足。間違いない。3日前見かけた人だ。

「小沢さん、その格好は…?」

帽子にメガネとマスク。どうしたのかと指差された。

「花粉症対策です。家に持ち込まないための」

コートも花粉が付きにくいものを着てるんだけど、それを言うとさすがに呆れられそうだから黙っとく。

「余程酷いんだね…」
「ええ、まあ…初めてなるから程度は分からないけど、ツライのは確かです」

私が答える端から彼女の質問に答えてる。言葉が分からないだけに、なんだか取り残されてる気分。

「ユリアがお気の毒に…って」
「ああ、どうも…」

ペコッ…と軽く頭下げる。彼女に悪気はないんだろうけど、何故くっ付いてるの⁉︎ 人の彼氏に。

「あ…あのさ…取りあえず、どっか店入る?立ち話もなんだから…」

私の視線に気づいたらしい。坂本さんが誘った。

「じゃあ、あそこ行きましょう!」

目の前に見えてるカフェを指差す。坂本さんがドイツへ行ってる間、ハルシンと練習帰りに寄ってた店。
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