らぶ・すいっち





「さて、須藤さんの質問に答えなければいけませんね」
「え?」
「お祖母さん……英子先生ですが、今は家にいます」
「あ、なんだ。そうなんですね。よかった」


 順平先生の言葉を聞いて、私はホッと胸を撫で下ろした。

 英子先生は家にいるということは、これからもう一度美馬クッキングスクールに向かって英子先生と合流ということなんだろう。
 順平先生はとりあえず私を迎えにきただけで、講演会には行かないはずだ。

 なんだ、心配して損した。もし、順平先生と二人きりで講演会に行くとなれば、心臓がいくつあっても足りないだろう。

 今は特に順平先生とは会いたくなかった。

 やっと好きだと自覚したものの、順平先生はお見合いをし、すでに次の恋に踏み出している最中。
 私の失恋が決定的になった今、順平先生と二人きりでいる自信は全くない。

 すでに今の状態でいっぱいいっぱいなのに、順平先生は私を抱きしめたままなかなか離してくれない。

 新しい恋に、それも結婚を視野に入れ始めた順平先生。それなのに、お見合い相手以外の女性を抱きしめていいものか。いや、絶対によくない。

 お見合い相手の女性だって、一応教室の生徒とはいえ、そこそこの年齢の女性と二人きりで車に乗り、遠出をしたと聞いたら……いい気分はしないだろう。

 どうしようかと迷ったが、ポンと妙案が私の脳裏に浮かんだ。


「私、車は持っていますから直接美馬クッキングスクールに行くことも出来ましたよ? 順平先生はお忙しいでしょうから、今から自分の車で英子先生をお迎えにあがりますね」


 先回りして気を使ったつもりだった。しかし、今までキラキラの笑みを浮かべていた順平先生が、突然無表情に変わった。

 キレイな顔立ちの人が無表情に変わる瞬間というのは、とっても恐ろしいものだということを、今、実感した。

 無表情なのに、口元には笑みを浮かべている。怖い。怖すぎる。
 怯える私に、順平先生はフッと小さく笑った。


「何を言い出したかと思えば」
「え?」


 気がつけば私は背を車のドアに預ける形になったていた。慌てて体勢を変えようとしたのだが、順平先生の両腕に遮られる。



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