らぶ・すいっち
「もしもし? 須藤さんですか?」
「あ、順平先生。こんばんは。お仕事の最中ですよね? スミマセン!」
耳に軽やかな声が踊る。彼女の声は聞いていて落ち着く。
今まで女性の声が、こんなに心地よいと感じたことがあっただろうか。
私もそれなりに女性とお付き合いはしてきた。だがしかし、そこには渇望するほどの女性がいたかと聞かれればいなかった。
そんなふうに答えてしまえば、今までに付き合ってきた女性に失礼だろうか。
一応、そのときそのときで彼女たちを大事にはしてきたつもりだ。
しかし、須藤さんほど大事にしたいと思った女性は今までいなかった。
須藤さんのことが好きになったことによって、そのことがわかったと言っても良いだろう。
耳に響く彼女の声に酔いしれていると、その沈黙が須藤さんを心配させてしまったようだ。
電話の向こうで慌てた須藤さんの声が聞こえる。
「今、お忙しいですよね? すみません。あとでかけ直します」
「いいえ、大丈夫ですよ」
「本当……ですか?」
「ええ。どうしましたか? 須藤さん」
電話の向こうの彼女は、私が忙して本当は電話に出るのも困難な状況だと思ったのだろう。
確かに今、かなり忙しい。だけど、少しぐらい私にも休養を与えてもらってもいいじゃないだろうか。
彼女の声 ———本当は会いたいけど——— を聞くだけで心が穏やかになるのだから、やっぱり彼女と電話越しでもふれあうのは至極大切なことに思う。
「今、新しいレシピ本の撮影をしているんですよ」
「それじゃあ、やっぱり忙しいんじゃないですか! 切ります、切りますよ!」
慌てた彼女の声を聞いているだけで、どんな表情でアタフタしているのか想像できてしまう。
きっと面白いぐらいに青ざめて、キョロキョロと挙動不審になっていることだろう。
それが楽しくて、以前から料理教室のときにからかっていたことは……須藤さんには内緒だ。
それに彼女はそれだけじゃない。こちらが冗談でからかっているのに、すべて本気だと捉え食ってかかってくる。
そんな女性、今まで自分の周りにはいなかった。だからこそ新鮮で、ずっと見ていたくなる。