らぶ・すいっち
「いいえ、切らないでください」
「いやでも、順平先生! 早くお仕事に戻ってください。私のなんてたいした用事じゃ……」
「無理なときは出られませんから、大丈夫」
「で、でも……」
「ふふ、大丈夫ですよ。で、どうしましたか?」
努めて優しく言ったつもりだった。しかし、電話先の須藤さんは無言のまま。何も言い出さないことに不安を覚えた。
「須藤さん?」
名前を呼ぶと、電話先の彼女は一瞬息を呑んだあと、小さく呟いた。
「明日は土曜日ですよね。料理教室のあとの個人レッスンは……何をやるつもりですか? えっと、その……予習しておきたいかなぁと思って」
「予習ですか? 別にしなくてもいいですよ?」
「え、でも……いつまでたっても上達しなくて、順平先生イライラしません?」
「なんで私がイライラしないといけないのでしょう? 須藤さんとなら、何時間でも一緒にいて教えてあげますよ」
「っ!」
「あなたを背後から抱きしめながら、料理を教えることは至福のひとときですから。その楽しみを私から奪うつもりですか?」
いけない子ですね、とフフッと笑うと、須藤さんはギャンギャンと騒ぎ出した。
「先生! そういうことは言わないでください、恥ずかしい!」
「恥ずかしい? 心外ですね。私は正直なことを口にしたまで。何も恥ずかしいことなんてないですよ」
「ううっ!」
きっと今、須藤さんは首まで真っ赤にさせていることだろう。
その様子を想像するのが楽しくてわざと言っているなんて彼女が知ったら……間違いなく怒られるだろう。
でも嘘ではない。本当のことだから、どれだけ言ってもいいはずだ。
「モテる人は、簡単にそういうことを言う!」
「それこそ心外です。私は今までこんな歯の浮いた言葉、言ったことなどありませんよ? 須藤さんが初めてですが、何か?」
「順平先生のバカ!! もうそんな恥ずかしいこと言わないでくださいってば」
ああ、ついに怒り出してしまった。あとで捻くれても困るので、この辺りでからかうのはやめてあげよう。
「と、いうことで予習は必要ないです。やる気と貴女の身体だけあれば充分です」
「ま、また……そういうセクハラっぽいことを」
「ふふ、明日。楽しみにしていますよ?」
「……」
「須藤さん?」