らぶ・すいっち
(でも、その個人レッスンがね……心臓に悪かったんだよね)
手取り足取りという言葉どおり、順平先生は私に料理の手ほどきをしてくれた。
私の耳元で囁く低くて甘い声。包丁を持つ手には、長くキレイな指。背に寄り添う順平先生の熱。
どれもこれも私をドキドキさせていた。もちろん、雑念をなんとか払い、個人レッスンをまじめには受けていたからこそ、今の私がいる。
ジャガイモの皮を剥いても、なんとか円形を保つことが出来るし、卵焼きを焼いても中半焼け、外は黒焦げというなんとも残念な状況から脱することが出来た。
それもこれも全部順平先生のおかげだ。
付き合いだした今でも、美馬クッキングスクールから場所を移し、このアパートで順平先生に料理の手ほどきを受けたりしている。
もう一年前までの私じゃないはずだ。たぶん……。
いや、それでも格段に食生活は向上している。きちんと自炊できているのだから大丈夫だと思う。思いたい。
「私ね、一年前ぐらいから料理教室に通いだしたんだよ」
「料理教室……」
「そう。ほら、テレビとかでよく出ている料理研究家の料理教室に通っているの。これでもかなり上達したんだよ。お父さんもビックリするんじゃないかな?」
お父さんの目の前で包丁を使ったことがあったが、「怖いから絶対にやめてくれ」と懇願されて以降、お父さんは私が包丁を使ったところをみていないはずだ。
これは一度お披露目会をする必要があるだろう。実家にいた頃に比べれば格段に上達していると思う。
自信満々の私に対し、お父さんは相変わらず顔をしかめている。
「それなら、うちの大野に頼んで教えてもらえばいいだろう?」
「あのね、お父さん。大野さんだって忙しいでしょ? そんな面倒事を弟子に押しつけるなんてどうかと思うけど? それに実家に頻繁にいけないことぐらいお父さんだってわかっているでしょ?」
このアパートから実家までは車で一時間。行けない距離ではないけど、頻繁に行くには仕事の都合などもあって無理だ。
それにしても、お父さんは昔から弟子である大野さんの名前を上げ、私に会わせようとしている。
ちなみにうちのお父さんは、料亭『ぼたんいろ』の板前長でもあり、経営者でもある。
そして先ほど名前が上がったの大野さんというのは、お父さんの愛弟子だ。