らぶ・すいっち
「もし、京に家を継いでもらうということを諦めたら、たまには実家に帰って来てくれるか?」
「え……」
「お前が社会人になり、ここに住みだしてから何年も経ったが……。実家に来ても、私の顔を見ずに帰ってしまうことが多いだろう。それは私から結婚のことを言われたくなかったからだ。わかってる、わかっているが……先代から受け継いだ“ぼたんいろ”を私の代で終わらせたくはなかった」
私のエゴだな、と悲しそうに笑うお父さんに、私は声をかけることができなかった。
「お前の言うとおり、もう一度アイツに話してみることにする」
「お兄ちゃんに?」
「ああ」
フランスに行って以来、お父さんとお兄ちゃんは連絡を取り合っていないらしいから、一度は腹を割って話すべきかもしれない。
お兄ちゃんにはお兄ちゃんの考えがあるだろうし、お父さんにはお父さんの考えがあるから。
私がそれに同意すると、お父さんは車に乗り込んだ。
扉を閉める瞬間、気まずそうに、そして頑固オヤジ丸出しの苦い表情で呟いた。
「美馬の若造に言っておけ。京は立派な大人だから、京の意見を尊重する、と」
「お父さん!」
「だけどな、結婚の許しを得たければ……何度も京を連れてうちに説得しにこいと伝えておけ!」
なんだか耳が真っ赤に染まっていると思うのは気のせいだろうか。
お父さんの仕草が可愛くて、自分がお父さんにずっと守られていたんだと再確認できてこそばゆくて……思わず笑ってしまった。
私の笑い顔を見て、一瞬優しげに瞳を細めたお父さんだったが、慌てて咳払いをして扉を閉めた。
じゃあまた、と言うと車はそのまま走り出してしまった。
その姿が見えなくなるまで見つめたあと、私は小さく呟いた。
「うん……近々、順平先生と家に帰るね」
あとでお父さんに電話をかけよう。きっと面白くなさそうな声で「わかった」と一言だけしか言わないだろうけど。
そのときのお父さんの表情を想像すると、思わず口元に笑みが広がった。
FIN