らぶ・すいっち
(こんな状況じゃあ、イヤミも言いたくなるわよね……)
一応、これでも家で包丁の練習はしてはいる。だけど、壊滅的にへたくそな私は上達への道のりはかなり険しく時間がかかりそうだ。
まだまだ続く沈黙に恐れをなしていると、順平先生はプッと声にだして噴き出した。
「せ、先生?」
お腹を抱えて笑い出した先生を見て、ギョッとする。目を見開いて驚く私を見て、またまた笑い出す順平先生。
あの……先生ってば、意外にも笑い上戸?
呆気にとられている私をチラリと見る順平先生の目が、ドキッとするほど色っぽくて動けなくなってしまった。
彼は目尻にたまった涙を長い指で絡めとったあと、妖艶にほほ笑んだ。
「仕方がないですね。では、基礎の基礎から教えましょうか」
「よ、よろしくお願いします!!」
弾かれたように頭を下げたあと、私は内心ホッとした。
どうやら見捨てられるという最悪の事態は免れたようだ。
胸を撫で下ろしていた私だったが、次の瞬間、再び動けなくなってしまった。
それどころか身体中の血液が逆流して沸騰したかのように、熱い。
空調が壊れてしまったのか。そんなふうに感じるほどの熱さだ。
私は、ねじが切れそうなゼンマイ仕掛けのオモチャのように、ギギギッと鈍い音をたてるように後ろを振り返った。
だが、それは失敗だった。順平先生のキレイな顔と接近するだけだ。
より近づいた距離に心臓が壊れそうなほどに波打った。
驚きすぎて身動きがとれない。ああ、どうしよう。どうしたらいい。
きっと顔は真っ赤になっているはずだ。それを順平先生に指摘なんてされたら恥ずかしくて倒れてしまうだろう。いや、逃げ出してしまうだろうか。
ツラツラとそんなことを考えていると、私を背後から包み込むように順平先生が近づいてきた。
「っ!」
声がでない。パニックに陥った身体と頭は、私に味方をしてくれる気はないらしい。
どうしたらいいのかと石のように固まった私の手に、大きくてキレイな手が触れた。
ドクンッと大きく胸が高鳴る。ドキドキしすぎて側にいる順平先生に鼓動が聞かれやしないか心配になった。