らぶ・すいっち
「ほら、もう少し力を抜いて」
「……」
「そんなにガチガチで包丁を持っていたら怪我をしますよ」
わかっています。そんなこと、何度も手を切っている私は学習済み。
私の身体がカチコチになっているのは、間違いなく緊張からです。
それも包丁を持っているからという緊張ではなく、明らかに順平先生が原因だ。
私は動揺する自分を叱咤し、なんとか言葉を紡いだ。
「あ、あの……順平先生」
「なんですか? 須藤さん」
涼しい顔で悔しいぐらいに冷静な順平先生は、私の手を離すこともなく握りしめたままだ。
「えっと、私……包丁を持っていますので。危ないです」
「そんなことわかっています」
「わ、わかっているのなら……少し離れてくれませんか?」
ついでに手も離してください。心の中でそう願ったが、私の願いは木っ端微塵に切り刻まれてしまった。
「おかしなことをいう人ですね」
「え?」
どこがおかしいというのか。私は刃物を持っているのだから、その近くにいれば私はもちろん、近づいてきた人だって危害があるかもしれない。
おかしいことを言っているのは順平先生の方ではないだろうか。
怪訝な顔で固まる私に、順平先生は耳元で囁いた。それはもう、色気たっぷりでゾクゾクと身体の芯まで震えるほどの艶っぽい声だ。
私の背中に、順平先生の身体が触れる。それだけでビクッと身体が反応する。
心より早く身体が反応するだなんて、なんだか恥ずかしい。
「こうして……」
「あ……」
順平先生の右手は、私の手を覆うようにして包丁を握る。そして左手は、私の手と一緒に大根を持った。
「ほらこうして、ゆっくりとやりましょう」
「せ、先生……」