それは、一度終わった恋[完]

運命のいたずら


たわわに実った黄金色の稲穂畑を風が撫でて行く様子が、まるで金色の海のようだったから、〝稔海(トシミ)〟という名前になったのだと、彼は教えてくれた。

ほら、実るほど頭を垂れる稲穂かな、とか言うだろ? 人格者ほど謙虚であれ、という父の願いも込められているらしくてね、まあ、ただの稲穂畑を稔る海と表現するなんて、親父も結構ロマンチストだなと思ったよ。

そう言って笑っていた彼の横顔が、今もまぶたの裏に焼き付いている。

秋の夕日に照らされた、絹糸のように細くて艶やかな髪がオレンジ色に淡く透けているのを見て、あまりの美しさになぜだか涙が出そうになったのを覚えている。

あなたは秋の匂いがする。

あなたのケーブルニットの袖から、温かい首すじから、稲穂のようにふわふわとした髪の毛から、死ぬほど落ち着く優しい秋の匂いがする。

あなたを思い出すと、ゆらゆらと揺れる蝋燭の火のように今にも溶け出しそうな夕陽が頭に浮かんで、ふと秋の匂いが鼻腔を擽り涙腺を緩くすることがある。


私はいつ、この染み付いた秋の匂いから解放されるのだろう。


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