それは、一度終わった恋[完]
……一之瀬さんにぴったりの名前だと思った。こんなにも人の名前の由来に感動したことなんて、今まで無かった。
「素敵な……名前ですね」
沈みかけた夕日がちょうど色づいたもみじと重なって、葉からこぼれ落ちたオレンジ色の光が、一之瀬さんの髪を照らしている。彼は秋がよく似合う。なんだか言葉では表現できないほどの魅力がこの人にはある、そう思った。
「私も、最後〝み〟で終わる名前なんです」
「へえ、なんて書くの?」
「澄んだように美しくで、澄美(すみ)って名前なんです」
そう伝えると一之瀬さんはスマホを開き、サークルのグループのメンバー一覧を開いた。
そして、スマホを眺めながら、静かにこうつぶやいた。
「ああ、この子君のことだったのか。ずっと綺麗な名前だと思ってた」
私は、自分はそんなに惚れっぽい性格ではないと思っていたけど、簡単に一之瀬さんに惹かれているのをすでにこの時自覚していた。
私は、たった1日で彼の魅力に飲み込まれてしまったのだ。
……それから、漫画を熱く語る会を通して、一之瀬さんと話す機会も沢山増えて、かなり寒さを増した12月手前、彼と付き合うことになった。嬉しくて嬉しくて天を突き抜けるほど舞い上がってしまいそうだった。
手を繋ぐ以上のことを彼氏としたことがなかった私は、すべての初めてを一之瀬さんで知ったんだ。
* * *
「これは……軽井沢スノーパークなのか? 足跡すらひとつも無いですが」
私の連載二回目の真っ白なネームを目の前にして、彼は無表情で突っ込んだ。
彼が担当になってから1ヶ月が経ち、1度私の部屋でネームを見てもらうことをしてから自室でネームの確認をすることが恒例になりつつあった。
退勤後に疲れ切った様子の彼が私の部屋に来て、私の真っ白なネームを見てさらに疲れるという、負の連鎖を繰り返している。ソファーに座って頭を抱えている様子の一之瀬さんに、私は恐る恐る紅茶を淹れた。
「1回目がかなり好評だった分、2回目のプレッシャーがかかって進まないのは分かりますけど」
「一之瀬さんって理解してるふりして遠回しに圧力かけるの得意ですよね」
「……一緒に考えましょう。どこで詰まってるの?」
部屋でネームをするようになってから、一之瀬さんは時折敬語をやめるようになった。彼はカチっとボールペンを押して、厚紙のレポート用紙を取り出し、前回のストーリーをまとめ出した。私はただそれを対面に座って見守っていた。
まさかこんな風に一之瀬さんと仕事をする日が来るなんて夢にも思わなかった。
彼が私の作品を目の前で読んで、私が生み出したキャラの名前を呼んで、ああだこうだとアドバイスをする。いまだにこの状況を完全には飲み込むことができないし、全く慣れていない。
「……話聞いてる?」
「すみません聞いてませんでした」
「……スミ先生と仕事をしていると疲れで老けそうだ」