それは、一度終わった恋[完]
一之瀬さんは、ハアと溜息をついてからボールペンを置いて、私が淹れた紅茶を一口飲んだ。気まずい空気がふたたび流れる。
今書いている話は復縁ものだ。私はけじめを単なる別れと捉えるのではなく、好きなら付き合おう、というプラスなけじめの付け方に捉えた。そしたらそれがわりと好評だったらしく、復縁ものはアラサー層には結構受けがいいことを知れた。
三回連載での二回目はかなり重要で、ラストがどれだけ盛り上がるかもこの回にかかっている。その分私も一之瀬さんも慎重になっていた。
「ここで主人公が、ヒーローに未練があることを伝えていいのかで迷っていて……」
「なるほどね、でもタイミング的に今じゃない気がする」
「やっぱりそう思いますか……でもここで引っ張るとかなり今回の話に動きが無くなるのではないかと……」
「じゃあ男を動かしてみたら? たとえばこの飲み会で」
一之瀬さんのアドバイスは具体的で的確だ。漫画を熱く語っていたあの時のように、鋭く多角的に捉えて意見を出してくれる。行き詰まっていた部分が、彼の言葉でどんどんほぐされていく。
私は言われたことを必死にメモして、なるほど、なるほど、と感心し切っていた。
「一之瀬さん本当すごいですね……佐々木さんがいつも推していた理由が分かります」
「いや、感心してないで描いてくださいよ」
「漫画の会の頃から、一之瀬さんの意見はいつも私に無い扉を開いてくれるというか……」
先が見えたことがうれしくてつい興奮してしまい、私は付き合っていた頃の話をしてしまった。なんてことだ、お互い今まで過去のことには全く触れてこなかったというのに。
「あ、紅茶、淹れなおしますねっ」
さっきの話を流すために、私はぴっと立ち上がった。しかし、勢い良く立ち上がった瞬間にすねをテーブルに思い切りぶつけてしまった。
「痛いい!!」
「えっ、大丈夫ですか!?」
あまりの痛さに私はそのままカーペットの上に寝転がった。青い痣ができることは確実なくらいに痛いし、痛みを感じる時間が長い。木琴を思い切り叩いたように、脛の芯まで響いている。
心配して駆け寄った一之瀬さんの影で、視界が薄暗くなった。グレーのニットの袖が顔の前を通り過ぎて、ふわりと彼の香りが広がった。
その瞬間、付き合っていた頃の記憶がまるで牡丹が一瞬で花開くようにぶわっと蘇り、顔が一気に紅潮した。