それは、一度終わった恋[完]
活発な亜里沙の提案で、本当に二人でバーに飲みに行くことになった。
と言っても、学生でも入りやすそうなバーで、同じ大学の人もチラホラ見かける。飲み物も全て500円で、家賃以外の仕送りなどは一切もらっていない私にとって大変ありがたい値段設定のお店だ。
店内は狭く、音楽が流れていなかったら隣の人の会話もハッキリと聞こえてしまいそうなレベルだ。少し青っぽい照明に照らされた逆さのワイングラスが沢山吊るしてあるカウンターに座って、早速お酒を頼んだ。
「ジンジャーアップルモスコミュールだって、美味しそう!」
「じゃあ私も亜里沙と同じのにしようかなあ」
なんだか今日はいつもより混んでいる。大学生らしき人が多いので、なにかサークルの二次会でもあったのだろうか?
騒がしいな、と亜里沙が少し苛立った様子で呟く。その言葉にほんの少しテーブル席を振り返ると、そこには見覚えのある女性がいた。
「あ、いのまりじゃん」
亜里沙が彼女の名前を呼んだ瞬間、彼女が私達に気づいて顔を上げた。ショートボブのいのまりさんはもうずいぶんと酔っている様子で、真っ赤なオフショルダーのニット姿で男の人に囲まれていた。
漫画を語る会に、彼女も何度か参加していたけれど、あまり私とは話してくれそうもない様子だったので絡んだことはそんなになかった。
しかし、彼女は私を見つけると、お酒を片手に上機嫌な様子でカウンターに近づいてきた。
「売れっ子女子大生漫画家の澄美先生じゃ~ん」
うわ、と明らかに隣で亜里沙が嫌な顔をしたのがわかった。
「なに可愛い度数の飲んでるの~、これじゃあ酔えないよ?」
別に酔うためにきたんじゃないんですけど、と、今度はハッキリとした声で亜里沙が突っ込んだ。お願いだから喧嘩だけはやめてくれ。
井上さんは細い肩をちらつかせながら、色っぽくカウンターに座って、ワインを飲み干した。亜里沙がなんで座ってんの、と冷静につっこんでいた。
「ごめんちょっとお化粧室行ってくるね」
亜里沙はそう言って席を立ったが、その言葉の裏には戻ってくるまでに蹴散らしといてよ、という意味が含まれているということを私は知っている。
二人きりになると、井上さんは私との距離を近づけた。アルコールの臭いが鼻を刺激して、私は少し眉を顰めた。