それは、一度終わった恋[完]
「今絶好調なんだってね? 知ってるよ。すごいね」
「あ、そういえば出版社同じだったんだってね」
「漫画は部数が出ていいよねえ、小説と違ってさ。それに親が社長なんでしょ? 超人生イージーじゃん。漫画で失敗しても、働き口あるもんね」
〝人生イージー〟という言葉を、私は高校生の頃からわりと浴びせられていたが、こんなに直接的に言われたのは久々だったので、少し驚いていた。
「漫画も売れて、イケメンな院生と付き合えて、親が金持ちで、就活も必要ない」
私の顔の横で指折り数えている彼女の顔は、少しも笑っていなかった。
「なんかさ、すっごく嫌味な存在だよね、あたしみたいなのからしたら、あなたって。もうちょっとさー、わざとでも苦労しないと、嫌われちゃうよ?」
それだけ言い残して、彼女は私の肩を叩いて、お会計をしてから店を出て行った。それから数秒後、トイレからちょうどいいタイミングで亜里沙が戻ってきた。井上さんがもういないことに喜んでいた彼女だったけど、どうやっていのまりのことを蹴散らしたの? という質問には、うまく答えららなかった。
井上さんの言葉が、とんでもなく深く胸に突き刺さってしまったから。
なるほど、これは、久々に抉られた。
これは流石に酔わないと、やってられない。
私は通常では考えられないくらいのスピードでお酒を飲み、さっき言われたことを消し去ろうとかなり饒舌にしょうもないことを話し込んだ。
でも、亜里沙には井上さんに言われたことを、言えなかった。これ以上心配をかけたくなかったから。
どれくらい飲んでいただろう。気づいたらマンションについていたので、おそらく亜里沙が送ってくれたのだろう。後でお礼のメールを入れなくては。
やっと目が覚めて動けるようになり時計を見ると、時刻は意外にもまだ23時だった。
今日は花の金曜日ということもあって、きっと一之瀬さんも飲んでいるだろう。
「うー頭痛い」
浄水をコップに入れて飲みほして頭を撫でていると、スマホが震えた。父親からのメールだった。
『おつかれ。
三月末から研修をすることになっているが、ちゃんと勉強はしているのか?
あと、連載場所を移籍したようだが、くれぐれもマンガを描いていると知られた時、企業のイメージ的に一切問題の無いものにしてくれよ。
それから、いい加減お見合いの話を母さんと話し合って進めなさい。』
読むだけでますます頭が痛くなる。別に親子関係はそこまで悪いわけじゃない。でも、私の進路は当たり前のように幼少の頃から決まっていた。
すでに与えられていることが、人生イージーというものなのだろうか?