それは、一度終わった恋[完]
『なんかさ、すっごく嫌味な存在だよね。もうちょっとさー、わざとでも苦労しないと、嫌われちゃうよ?』
ふざけんな、今の仕事は、私が努力して勝ち取ったものだ。なんの苦労もしないで得た場所ではない。
「どいつもこいつも……」
ふざけんな、私がどれだけ努力してデビューをしたのか、どれだけ反対されて続けてきたことか、あの女は知ってるの?
ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな。
「っ……あー、もう」
悔しくて涙が出てくることが悔しい。あの時なにも言い返せなかったことが悔しい。私の努力に親の金は関係ないわ、と何故すぐに言えなかったのだろう。
仕送りは一切なくていい、だから漫画を描かせて。
それが私がはじめて親に歯向かいお願いしたことだった。
自分で勝ち取った場所、それが、漫画の世界だった。
私は、気分転換をするためにベランダに勢い良く出た。それから、盛大に泣いた。冷たい秋の風が涙を撫でてくれるのが心地よかった。
「あーもう、いのまりめー!」
いのまりの顔を思い出しては歯を食いしばった。お父さんの顔を思い出してはハゲと心の中で罵倒した。
「お見合いなんかするわけないじゃん!」
あのハゲが! と、ふたたび心の中で叫んだ。
取り次ぎの仕事の勉強なんて全くしていないし、そもそも働く覚悟もまだ固まっていないのに。
すると、インターホンが部屋に鳴り響いた。もしかしたらお父さんかもしれない、瞬時にそう思った。しかし、カメラに映っていたのはハゲたおじさんではなく、しゅっとした青年だった。
「い、一之瀬さん……すみませんこの前の原稿なにか不備がありましたか?」
マイク越しに恐る恐る問いかけると、彼は首を横に振る。
「いえ、佐々木さんからお届けものがあったので。この間資料で欲しいと言っていたものだと思うのですが」
「あ、なるほど、今開けますね」
私は涙をぐいっと拭って、俯いたまま玄関で荷物を受け取った。