それは、一度終わった恋[完]
「改めまして、佐々木の産休中に引き継ぐことになりました、一之瀬稔海(イチノセトシミ)と申します」
大学2年生の頃、4つ上の院の先輩と付き合っていた。
大手出版社に内定が決まったとサークルでは噂になっていた先輩だ。イタリア人と日本人とのハーフで、どっちかと言うと日本寄りの顔だったがパーツの全てが恐ろしく整っていてサークル内でも目立っていた。
滅多に来ない院生と、2年生の私が関わることなんて到底無いだろうと思っていたけど、私が酔っ払って実はマンガを描いているということを先輩に暴露してから意気投合した。
実は彼も漫画家を目指すほどの漫画好きであったのだ。
それからというものの、「漫画談義をしながら飲む会」なるものに混ぜてもらい、そうこうするうちに仲良くなりいつしかなんとなく付き合うようになった。
「でもまさかこんな形で再会するとは思いませんでしたよ、音信不通で消えたはずのスミ先生と」
しかしそれは過去の話である。
彼は私に名刺を渡してからコーヒーを一口飲み、この偶然に改めて感心しきった瞳で私を見つめた。
私たちの間を流れるコーヒーより苦い空気が、私たちの関係性が今はもうかなり気まずいものであることを物語っている。
「本当に……い、一之瀬さんお元気そうで何よりです……」
運命のいたずらとはまさにこのことだ。
たった今、私の元恋人であったハーフの彼は、私の描いている少女漫画の担当として再び現れた。
女子大生少女漫画家としてデビューして3年目、私は城内スミというペンネームで漫画を描いている。因みに本名は統乃澄美(トウノ スミ)だ。
新しい担当さんとして紹介された「一之瀬」、という苗字にかなり聞き覚えはあったものの、そう珍しい名字でもないし、まさか元彼の一之瀬さんな訳はないと思っていた。前の担当さん曰くイッチーという可愛らしいあだ名で会社で呼ばれているらしかったので、そのあだ名は全く私の知っている一之瀬さんのイメージにそぐわなかったし、ましてや少女漫画誌になんていやしないと思っていた。
しかし初顔合わせの日に、待ち合わせていた都内のオシャレなカフェに現れたのは、イッチーというあだ名も、少女漫画も全く似合わない、私のよく知っているあの一之瀬さんであった。
無造作だけど、頭の形にしっかりと合った清潔感のある黒髪も、コーヒーを飲む時は目を伏せる癖も、カップを持つ長くて骨張った指も、すっと通った鼻筋も、キリッとした瞳も全く変わっていない。男の人は老けるのがはやいと聞くけれど、そんなことを全く感じさせない。27歳になった彼は、見るからに質の良さそうな、深緑色のケーブルニットをなんなく着こなしている。
「一之瀬さん、少女漫画とか読まれるんですか……?」
「え、全然読みますよ。内容が面白ければね」
「なるほど……」