それは、一度終わった恋[完]
暑くないのに変な汗が出てきて全く体温が調節できず、私は今にも目眩がしてしまいそうだった。

「これからさ、少し大人向けで落ち着いた月刊雑誌で連載することになったんだし、もっとリアリティーが出るといいな、と思ってるんだよね。だから一之瀬君が徹底的に大人の恋愛ってやつを叩き込んでやってね、と佐々木さんからお願いされてましてね」

「そうなんですか……、一応他の先生方の作品を読んで勉強してはいるのですが……」

「え、何言ってんですか、政治漫画読んだら政治家になれるとでも思ってるんですか?」

ど直球の屁理屈を久々にくらって、私はすでに百本目の白旗をあげた。

「リアルは現実じゃないんですよ、つまりどんなにリアリティーのある漫画から読んで得たリアルも、それは現実じゃない」

「じゃあ他にどうやってリアリティーを追求したら」

「エグい恋愛してる友達とかいないの? それかもしくは自分で体験してみたらどうですか」

そう言って、彼はまた目を伏せながらコーヒーを飲んだ。

作り笑いをしながらも、元彼に「男作りなよ」と遠回しに言われたことに対する複雑な心境で胸の中はぐちゃぐちゃだった。気まずい空気を感じてなんとなく口に運んだチーズからは、全く味が感じられない。

「あーごめーん、お待たせしちゃって! スミ先生、早速イッチーと仲良くなれました? ねっ、言ってたとおりイケメンでしょー!」

味がないチーズを噛み締め、もごもごと口を動かしていると、いつでもハイテンションで女芸人みたいなノリの元担当さん、佐々木さんがやってきた。

佐々木さんは赤縁メガネを曇らせながら何やら急いで仕事を片付けてきたことを話し、上着を脱ぎながら店員さんを呼び止め抹茶ラテを注文した。相変わらず忙しない様子である。

しかしそんな彼女が来てくれたことによって、場の雰囲気はかなり明るくなった。

「スミ先生可愛いでしょー、現役女子大生でね、なんか女優のあの子に似てない? あーほら月9に出てた、妹役のなんだっけあー思い出せないや! あ、このホットサンド追加で頼んでいい? すみませーん!」

「佐々木さん、話ぶっ飛んでますから色々と」

「あは、ごめんねイッチー、でもスミ先生可愛くてテンション上がったでしょ正直ー」

「まあ正直そうですね」
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