うそつき王子の秘密のキス
 学校の校舎の方から、女のコが一人、走って来たんだ。


 人づきあいが苦手そうな、普段は大人しい女のコだった。


 いつもヒトの輪の中心にいるような気の強そうな女子に、クラス委員長を押し付けられたコだ。


 毎日、色々ロクなことはねぇだろうが最近、一番の厄介事はきっと。


 委員長ついでに、声の出せねぇオレの面倒を見ろって担任に押し付けられたことに違いない。


 同じ立場であるはずの男子の方のクラス委員は、さっさとオレを見捨てて、何もなかったことにしてるのに。


 名前順の席が、たまたまオレと近かったからか。それともヒトに頼まれると断れねぇせいか、コイツばっかり、損してる。


 ええっと、名前は泉川……なんて言うんだろう?


 ……幸(さち)。


 そう、幸って言ったっけ。


 君去津に居た時は、女の名前なんて一人も覚えていなかったし。


 ココに来ても、女子の顔なんてへのへのもへじにしか見えなかったけれど。


 コイツの名前だけ覚えているのは、きっと……そう。


 今日、オレと一緒に相合傘の落書きにフルネームで名前を書かれてたからだ!……うん。


 泉川 幸は、目の前を行ったり来たりするハサミから、自分の気をそらすべく、わざと、色んなことを考えているオレの目の前まで、来た。


 そして、大きく息を吸うと、一生懸命な大声を出したんだ。


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