うそつき王子の秘密のキス
 派手な悲鳴を上げてバランスを崩したわたしを抱きとめると、そのまま。


 すとん、と後ろの座席に座らせ、わたしの手をベルトみたいに巻いて抱きつかせると、ぽんぽんと手の甲を叩く。


 どうやら、そのまま自分に捕まってろ、って言っているみたいだ。


 そして、保健室を出る時に渡しておいたわたしの住所を書いたメモをもう一度見て、行き先を確認すると、恐ろしくスムーズに二人乗りバイクを発進させた。


 すぃーーーっと走り出すバイクは、まるで。


 水面ギリギリを低空飛行で飛ぶ鳥か、海を翔ける魚みたい。


 空に鳥が飛ぶように。


 水に魚が泳ぐように。


 このヒトは、呼吸するみたいにバイクに、乗る。


 まるで、学校でのガリ勉君ぶりが全部ウソで、こっちの方が本当、のような……


 まさかね。


 それが万が一本当だとしても、わざわざ地味男でいる意味なんて無い。


「井上君! バイク本当に好きなんだね!」


 わたしの声なんて、きっと風にちぎれて井上君には届かない。


 例え届いたとしても、井上君が返事をしてくれるわけじゃないって知っていたけれど。


 それでも、井上君と一緒に走る気持ち良さに、声をかけてみたかった。


 伝えてみたかった。


「わたしも、好き!」
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