淡 墨 桜 う す ず み さ く ら
『主人とはもう何年もしてないの』
『早く別れてあなたと一緒になりたいわ』
『主人のことなんて愛してない』
彼女の美し過ぎるほど紅い唇から語られる言葉に縋る程、僕はもう純粋じゃなかった。
彼女の全てが
もう信じられなかった。
左手薬指で光るプラチナのリング。その指で僕に触れないでくれ。僕を愛しないでくれ。
こんなもの。
僕は乱暴にスマホを放り投げ、畳に打ち付けられたスマホは軽くバウンドして転がった。
肩で荒く息をすると
「気がすんだ?」
彼女は冷めた目で僕を見上げてきた。
桜の波の中、黒く渦巻く二つの光が僕を捕えて離さない。
何故―――貴女は……そんな目で僕を見る。
何故―――僕だけを愛してくれない。
何故―――僕のものになってくれない。
僕のものになってくれなかったら、意味がないんだ。
僕はそっと彼女の細い首に手を這わした。
彼女はまばたき一つせずに、僕の行動を見守っている。
僕の手のひらの中、頸動脈がトクントクンと波打っている。
そのリアルな”生”の感触を手に感じながら―――
この手でその枝のような首を手折ってしまいたい。
花びらを根本から斬り落とし、きれいなまま命を奪い取りたい。
僕は馬乗りになって彼女の首をゆっくりと―――
絞めた。