淡 墨 桜 う す ず み さ く ら
彼女は首を絞められていると言う状況なのに、まばたきもせずにまっすぐに僕を見上げている。
このまま一気に力を入れれば、この細い首を折ることができる。
そう思ったけれど、僕の手は力を増すどころか、あっけなく抜けていった。
『気がすんだ?』
またもそう聞かれていそうで、僕は額を覆った。
何なんだよ。
何なんだよ――――
心の中で必死に叫ぶ。
何故僕は―――彼女を僕だけのものにできない。
いや、僕だけのものにしてはいけないのだ。
彼女は僕にとっては桜のような人―――
美しく、儚く、それでいて立派な―――
僕の心はそんな美しい花の前でくすんでいるも同然だ。
「もう終わりにしよう」
ようやく言葉が口をついた。
墨汁を落としたようにくすむ僕の心に、貴女は眩し過ぎた。
これ以上黒く染まらないための最善の策だった。
―――僕は臆病者だ。
これ以上、傷つきたくなかった。
腰を折って顔を覆う僕の傍ら、彼女はゆっくりと起きだして、着物を肩に掛けた。
「これだから櫻って嫌いよ。
きれいだけど、それは一瞬で、儚く散ってしまうんだもの」
さよなら
櫻亮(おうすけ)
彼女は最後に僕の名前を呼んだ。