ドッペル・ゲンガー
「今だ……ッ」

 透が叫ぶと、勢いよく"私"に飛びかかった。

 私の前から、透の背中が離れていく。

 せっかく作ろうとしてくれたチャンスを不意にするように、私の反応は遅れた。

 一方の"私"は余裕の笑みを浮かべると、素早い動きで手にした包丁をくるりと逆手に持ちかえて身を低くする。

「な……っ……」

 透の低い声が漏れたと思った瞬間、時が止まったかのように二人の動きがぴたりと止まった。

「うっ……」

 透の体が左側へとぐらつく。

 手を腰の下辺りに添えるようにして短い呻き声をこぼした。

「ダから言ッたでショ? ……本当ハ"自分"以外ニ手を出しチゃいけナいんダけど、コの程度じゃ死なナいかラ大丈夫だヨね」

 透の肩が激しく上下する。

 恐る恐る左側から覗き込むと、透の腿には深々と包丁が突き刺さっていた。 

「ひっ……」

 恐怖でおののく私をよそに、"私"は透の腿から包丁を引き抜くと、今度は順手に戻して横に薙ぐように、包丁の柄で頭部を打ち払った。
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