ドッペル・ゲンガー
 どうしたらいいんだろう。

 完全に打開策を失った私は、その場に立ち尽くしていた。

「こんなところにいたんだ」

 心臓を直に鷲掴みにされたような感覚が全身を駆け巡った。

 祈るような気持ちで声の方へと視線を移す。

 そこにはさっきの女が不敵な笑みを浮かべて立っていた。
 
 手に包丁を握り締めて。

「立ち止ってるって事はもう諦めたのかな? それとも向かってくるつもり?」

 空いた方の手で、包丁の先端を弄ぶ女。

 私は身構えた。

「あ、覚悟決めたんだ。じゃあ遠慮なく」

 言い終わると同時に、女はものすごい勢いでこちらに迫ってきた。

 形勢は圧倒的に不利。だけど、また同じように逃げたところで状況は変わらないような気がした。

 震える足を必死に鼓舞して真っすぐ女を見据える。

 今だ……

 真っすぐに突き出してきた包丁を、すんでのところでかわした。はためいた上着の内側を鋭い包丁の先端がかすめていく。

 危なかったなんて安堵している余裕はない。私は、勢い余って目の前を通過していく女の背中に飛びついた。
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