濃紺に染まる赤を追え。
彼がビニール袋を白鳥だと言えば、それは白鳥で。
雲だと言えば、それは雲になる。
彼が担任を豚まんと呼べば、その日から担任は豚まんで。
好きだと言ったバンドには、みんなが耳を傾ける。
それは、彼が世界の主役だからで。
みんなの興味関心の対象だからだ。
つまり、そういうひとなんだ。
わたしは桐谷中心の世界に生きているから、てっきり近くに感じてしまうけれど。
みんなの世界の主役に君臨している桐谷にとって、わたしはその他大勢だから。
一人くらい、欠陥があっても大したことではないんだ、って。
とどめを刺されただけだった。
「あー……、もう」
やめるって決めたのに、ブレブレじゃないか。
こうやってまた今日も、桐谷のことばかり考えて生きるんだ。
「桐谷の、ばかやろー……」
小さく唸るように呟くと、カーテンの向こうから、なになに陽子ちゃん、コーヒー欲しいって?と声がした。
とんでもない聞き間違いに、目の端に溜まっていた涙が引っ込むのを感じる。
苦笑しながらも、コーヒー特有の匂いがふわりと嗅覚をくすぐって、欲しいです、と返事をせずにはいられなかった。