濃紺に染まる赤を追え。
先に目を逸らしたのは、わたしだった。
「……松村?」
ガタッと席を立ったわたしを、不思議そうに見上げた堤くん。
授業中だけ掛けている眼鏡を、ケースから出しているところだった。
「もう授業始まるけど?」
分かっているけれど、この状況は辛かった。
桐谷が教室にいるだけで、その後ろ姿を見ているだけで、身体ごとあの日に戻ったような気持ちになる。
痛くて、仕方ない。
「……あの、ちょっと頭痛いから、保健室行ってくるね」
告げるだけで精一杯だった。
一刻も早く、この空間から出たかった。
「蓮、今日の放課後、先約あるーっ?」
耳を塞ぎたくなるような声を背に、ドアへと向かう。
途中、後頭部にまた紙のボールが当たったような気がしたけれど、振り返らなかった。
「あー、うん。今日は先約ある」
ごめんね、と甘ったるいテノールが響く。
見たくない現実を遮断するように、ぴしゃりと音を立てて、ドアを閉めた。