濃紺に染まる赤を追え。
どうして。
どうして、ここにいるの。
先約があるんじゃなかったの。
もう帰ったんじゃなかったの。
そんな疑問を口にするよりも先に、足が動いた。
「……はあっ、……はあっ!」
階段を二段とばしで駆け上がる。
疲れきっていたはずなのに、廊下を小走りしただけで息切れしていたはずなのに。
これ以上速くなんて走れないと分かっているけれど、もっと、もっと速く、と。
足に鞭を打って、ひたすらに。
今、自分が何階にいるのかさえ曖昧だったけれど、とにかく上へ上へと足を運ぶ。
閑散とした階段に響くのは、二人分の足音と、二人分の呼吸。
「はあっ、はあ……っ!」
途中でスリッパが邪魔くさくなったから、踊り場あたりに脱ぎ捨てた。
足の裏で、さっきよりも廊下を近く感じながら走る。
逃げることに、精一杯だった。
青いペンキの塗られた扉のノブを思いっきり引っ張ると、ギイと錆びた音がした。
そのすぐ後に聞こえるはずの、バタンが聞こえない。