濃紺に染まる赤を追え。
チョコデニッシュの袋を開けながら尋ねると、それはまあ、と曖昧に爽やか好青年は頷いた。
「すぐに気持ちが消えるってことはないかな」
「へえ。こんな絶世の美女から言い寄られてるっていうのに、随分なこと言うんだ、まあ何でもいいけど」
「……それ自分で言っちゃうんだね」
呆れたように、困ったように、それでいて爽やかに笑う好青年。
その笑顔を一瞥して、いつものように雑誌を開く。
「ナミは別にどっちでもいいけどー、どうしてもって言うなら付き合ってあげないこともないよ」
「今は遠慮しとくよ」
「あっそ。じゃあそのうちね」
「……揚げ足取ってくるなあ」
ハスキーな声が、そこまで好きじゃなかった。
綺麗だと、あの子に言われたその日から、少し好きになれた。
観察しているうちに気付いた、あの子は本気で蓮に恋をしているんだと。
あの子が傷つかないように助言して、遠ざけようとした。
それでもあの子は蓮に一途だった。
どうしてこんなにあの子のことを気にしていたのかは分からない。
でも、もしかしたらきっと、蓮とあの子が惹かれ合ってた理由と同じかもしれない。
ふわりと柑橘系の香りが漂う。
前まで使っていた甘いバニラの香りとは系統の違う香水。
自分と正反対のあの子が、いいねと褒めてくれた香りは、きっと自分と正反対の爽やか好青年も気に入るだろう。
「陽子、さっさと帰ってこないかな」
一口齧ったチョコデニッシュは、いつもより少し味気なかった。
―fin―
「あれ、松村のことそうやって呼んでたっけ?」
「このアイシャドウ欲しいわー、緑とか絶対ナミ似合うわー」
「……分かりやすく話逸らしたね」
本人の前で呼んだことは一度もない。