黒十字、邪悪なり
ふと、視界の端で何かが動いた気がした。

顔を上げる会社員。

そんな彼に。

「ガァァアァァアァァアァアァ!」

フロントガラスに落下した死体が、食らいついて来た!

脇目もふらずに、会社員の喉笛に噛みつく!

何という咬合力か。

人間に、こんな顎の力があるのか?

まるで肉食獣のように、筋を、筋肉を、血管を噛み千切る。

というか、コイツ死んでたんじゃないのか?

死体だったんじゃないのか?

死体が何で噛みついて来るっ?

理解の範疇を超えた事態に陥った時、人間の脳は、そんなどうでもいい事を思考するものなのか。

頸動脈を噛み千切られ、ピューピューと噴水のように血が噴き出す。

仰向けに押し倒され、目を見開いたまま死体に食らいつかれる会社員。

彼の目には、街灯の上からこちらを見下ろして薄笑みを浮かべる、青白い顔の女の姿が映っていた。

女の口許から覗くのは、鋭い犬歯…。

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