黒十字、邪悪なり
昼でも太陽の光が差し込まず、薄暗くて汚水塗れで、且つ臭気が充満した通路。

足元を、丸々と肥え太った溝鼠が徘徊し、その溝鼠を野生化したような野良猫が捕食する。

猫に、外の世界で見るような愛玩動物としての表情はない。

狩りをし、獲物を仕留める肉食獣のそれだ。

殺伐とした空気。

この九龍都市では、人も動物も弱ければ死ぬ。

狡猾で、残忍で、強くなければ生き残れない。

そんな力関係の中、頂点に位置するのが人ならざるもの…化け物達という訳だ。

木造スラム街の薄気味悪い一角。

『牙科』『牙醫』という中国語の看板を掲げた歯医者が目立つ。

九龍都市は法律が適用されないので、ここで開業するなら免許は不要だ。

ところどころに、不気味な入り口がぽっかり開いていて、都市内部へ続いている。

迷路のように入り組んだ通路の両側は、建築法などを無視した建物に覆われて昼でも暗く、澱んだ臭気が鼻を突いた。

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