あたし、『魔女』として魔界に召喚されちゃったんですが。
「さぁ、いこう」
カカオが腕を差し出せば、あたしはその腕を取る。
彼にエスコートされて、あたしは扉へとゆっくりと歩みを進めた。
扉には王族以外近づくのを禁じているため、使用人たちは皆、先ほどの部屋に控えている。
見えて来た扉は、紫檀色の木製の重厚なもので、大きくウェズリアの紋章が彫刻されている。
取っ手は繊細な装飾が金で施された物で、その荘厳な雰囲気で硬く開くことを拒んでいる。
彼の背丈よりも遥かに大きな扉をどうやって開けるのか、不思議でならない。
しかし、カカオはおもむろに空いている右手を前に掲げ、掌を扉へ向けた。
途端にその掌から魔力が迸り、魔方陣が展開する。
魔方陣から溢れ出た文字は、扉の紋章に溶け込んでいく。
すると、扉の紋章が光を発し、扉は軋みながらゆっくりとその口を開けたのだった。
中はまるで闇のように暗く、冷たく勢いの強い風が吹き込んでくる。
黒の豊かなマントが激しく後ろにはためいた。
「ここの中に行くの?」
「ああ」
カカオはあたしの肩に手を回し、力強く自分自身の方へ引き寄せた。
その仕草にときめく間も無く、カカオは闇に向かって歩き出す。
「ちょっ、この先はどこへ行くの?」
行く場所なんて、あるの?
見る限り、闇しかないのに。
「大丈夫だ」
優しく、言い聞かせるようにかけられた言葉は暖かく、胸を満たす。
「前に言っただろう? 俺は空間を繋ぐ力があると。 これからとある場所に空間を繋ぐ」
しっとりとした声が、囁き気味に紡がれ、耳朶を打つ。
すぐ近くで呼吸がして、短く息を吐く音が聞こえた。
彼は更に腕に力を込める。
あたしも不安感からか、カカオの服の袖を握っていた。
「いくぞ」
カカオの掛け声で、二人で闇の中へと飛び込んだ。
すぐに視界が漆黒に染まり、不安感が胸を駆り立てる。
しかし、すぐ傍に体温を感じること、そして目の前に一筋の光が見え、そんな不安も掻き消えた。
「出口だ」
カカオの声に顔を上げると、光が一気に広がった。
目を開いて辺りを見渡す。
するとそこは、光だけで出来た何とも不思議な空間だった。
心が洗われるような、魔力。
しかし、どこか気をぬくことを赦さぬ空気。
「ここは……?」
「ここは〈千年霊木〉の中だ」
「〈千年霊木〉の中……?」
「ウェズリアの中で一番空気が澄み、純粋な魔力で満ちていると言われている」
カカオは言い放つと、その手を真一文字に振った。
その手の中に、青い光を放つ魔法陣が展開され、いつもよりも、複雑に構成されたそれは、幾つもの円を宙に描き、 カカオの手の中にあるものを召喚させる。
それは──一本の杖。
僅かに光と魔力を纏って、彼の手のひらの上で浮いているそれは、長さ一メートル程の、木で出来た杖で蔦の浮き彫りが施されている。
先端の中央には、宝石が埋め込まれているが、なぜか輝きを失っていた。