あたし、『魔女』として魔界に召喚されちゃったんですが。
ヴァンパイアの噛み跡は基本的にはすぐに消えると言われている。
しかし、まおの場合はクコが治癒魔法をかけたとしても消えなかった。
消えない噛み跡。
それは、ヴァンパイアにとって──『所有印』となるのだ。
僅かながらも魔力を保有するヴァンパイアたちは、血を吸うときに微かに己の魔力を吸った相手の傷跡に残しておき、他の魔力を受け付けなくさせる。
だから、どんな治癒魔法も跳ね返してしまう。
吸った本人が消さない限り、所有印は消えることはない。
アルバートはまおに所有印をつけたのだ。
けれど、まおはそんなことすら知らないだろう。
傷跡を見るたび、アルバートのあの笑みが脳裏に浮かぶ。
まおに触れるたび、これは俺のものだと、主張されている気がした。
胸の奥に、どす黒く燃え滾る何かが生まれた。
こんな印など、見たくもない。
だったら……上書きしてしまえばいい。
「──俺は隠していたことがあるんだ」
自分でも驚くほどの低く冷たい声。
それはいくらか嗄れていて情けない。
「……にゃに(なに)?」
かろうじてこちらのことを認識できているまおは呂律の回らない口を懸命に動かし、返事をする。
「……ウェズリアの王族には、世間には知られていないが、特殊能力がある。 それは、口づけをすると、傷を“再生”できるんだ。 魔力が効かないような傷口でさえ、再生させることができる」
まおはまだ、とろんと眠たそうな顔をしたまま。
頭がボーッとしていて、理解しきれていないだろう。
でも、この際どうでもいい。
「だから……」
「っ……!」
「この傷痕は、俺が治す」
そういうやいなや、俺はまおの首筋に顔を埋めた。
「んっ……」
まおから、甘い声がもれる。
甘い香りが薄紅色に染まった肌から香って、クラリと脳を揺らした。
俺は、すぐに顔を離す。
すると見事にまおの首筋にあったアルバートの証はキレイさっぱり消えていた。
「ありが、と……」
お礼を言いながら、まおは再び眠りの淵に落ちていく。
傷口は見事に再生され、何も分からなくなり、すべすべに戻っている。
その薄ピンクに染まった肌は柔らかそうで。
触れたくなって。
傷口があった場所に、気付いたときには再び唇を寄せていた。
我に返った時、慌ててまおから顔を離せば、何もなかったはずのそこには、赤い跡が一つ、花を咲かせている。
「俺は今……一体何を……」
自分のことが、信じられない。
しかし今、俺の心の中には確かにあった気持ち。
──アルバートの所有印がなくなったのなら、代わりに俺がつけたいと……。
なんだ、これは……。
まるで、独占欲があるようではないか……。
気付いた途端にどうしようもなく恥ずかしくなる。
頰に熱が集まるのを感じつつ、まおのことを見れば、彼女はぐっすりと深い眠りについていて、まるで俺の所業には気付いていなかった。
もしかしたら、この傷跡を治したことも、覚えていないのかもしれない。
けれど、その方がいい。
何も知らず、ゆっくり休んでいてほしい。
髪が乱れて露わになった額に軽く口づけると、部屋をあとにした。