あたし、『魔女』として魔界に召喚されちゃったんですが。
「……待てってどういうことだよ」
「よく考えてみろ。 今思い出した。 まおが結界を張った時、側にいたものがもう一人いる」
「結界を張った時……? あっ! 〈魔女の証〉!」
思い出したシュガーは、鋭い声を上げた。
「まおを見つけたリカエルによれば、まおは〈魔女の証〉を使って結界を張っていたらしいからな。 奴の元へ行くぞ」
「おう!」
すぐさま魔方陣を展開する。
二人で中へ飛び込めば、景色が拓け、草原が広がっていた。
「っ……!」
足を踏み出した途端、身体を包む圧倒的な魔力。
まおの凄まじい魔力に混じって、足元からは〈千年霊木〉──〈魔女の証〉の魔力が発せられている。
〈……客か〉
脳内に直接響く声は、男か女かどちらともつかない不思議な音で。
風が吹いて背丈の長い草が揺れると、その奥、草原の真ん中に紫檀色の杖が突き立っていた。
そちらに向かって歩くも、一歩一歩がじょじょに重くなって行く。
かろうじて半径五メートルの距離までは来たものの、それ以上は足が鉛のように重く、動かすことは叶わなくなった。
圧倒的な魔力。
近づくことすら叶わない、未曾有の力。
まおはこんなものを平気で扱っているのか。
改めてそのことに気づかされ、心の中で舌を巻いた。
〈わざわざ我に会いに来たということは、我が主のことを聞きに来たのだろう?〉
〈魔女の証〉が言葉を発するたび、周りの雑草は不自然なくらいにざわざわと揺れる。
「……そうだ。 貴方なら、まおの行動の理由を聞かされているはずだと」
〈確かに。 力を貸すに当たって我が主からは色々と聞かされたな〉
「どうかそれを、教えていただきたい」
頭を深々と下げる。
しばらくの沈黙。
〈知ってどうする。お前にも秘密にしたということは、主はお前に知られたくなかった、ということだぞ〉
「それでも、まおが意識を失っているという状況の中でどうこう言ってはいられない。 俺も……覚悟を決めた」
紫檀色の杖を見つめると、ほわりと表面に魔力が灯った。
〈……よかろう。 しかし、なにを知っても、我が主を……叱らないでやってくれ〉
「ああ」
〈それと、この後オスガリアに殴り込みにでも行くのか?〉
「今のところはそうしたい! その気満々だ!」
隣でシュガーが拳を握りしめ、憤慨した。
〈それなら、一つ、面白い昔話をしてやろう〉
「申し訳ありませんが、今そんな時間は……!」
〈なに、それほど長い話でもない。 先程の話の後にしてやる。 殴り込みに行くなら、相手のことを知っていた方が有利であろう?〉
「……それもたしかにそうですね」
「おい、王子……どういうことだよ」
「どうもこうも、相手の弱点とも言えることを聞こうとしているのだが?」
口角を上げてみせると、シュガーは一瞬キョトンとして、すぐに「げえ、性格悪!」と言って、顔をしかめた。
「そうか? 相手に好き勝手自分たちの国を傷つけられた挙句、変な条件をつけられたんだ。 よく考えれば、俺たちがその条件を飲む必要は全くない。 向こうから攻撃して来たんだ。 反撃するのは当然だろう?」
「……まぁ、そうかも知んねーけど」
〈……決まったようだな〉
杖の表面を包んでいた光が、俺の身体を包み込む。
〈時間がないようだから、最短で頭の中に情報を飛び込ませる。王子だけに伝えておく。 主の使い魔は王子から聞いてくれ。 いいか?〉
「はい。 お願いします」
光が一箇所に固まったかと思うと、俺の額の中にすうっと溶け込んで行く。
情報が、写真に映し出され、脳内を一瞬にして流れて行く。
永遠にも思えるような刹那のあいだに、俺はオスガリアの歴史を見終えた。
「……ありがとうございました」
〈礼などいい〉
「いくぞ、シュガー」
「ちょい待ち! もう覚えたのか?」
「ああ。 歩きながら話すぞ」
挨拶もそこそこに、俺たちは再び会議室と定めた図書館に向かって歩き出す。
出遅れたシュガーはつんのめって凄いスピードで追いつくと、隣に並ぶ。
それを合図に言葉を紡ぐ。
「オスガリアが今の王室の者たちによって環境破壊されたことは知っているな。 しかし、今までも環境が破壊されかけたことなら何千回とあったことなんだ」
「えっ? ならなぜ、オスガリアは今の今まで破壊されずに残ってるんだよ」
「その過去の環境破壊は、されかけただけであって、今のようにはひどくはなかったらしい。
もしくは、破壊されたとしても、すぐに環境は修復され、今まで以上に国は栄えたそうだ。 しかし、今回の件では、修復されない。
そして、もう一つ。 これはオスガリアの伝説ともいえることだが、なぜかウェズリアにも伝わっていることだ。遠い昔、オスガリアには、国を悪いものすべてから守り、国を助けていた『守護神』がいたそうだ……」
「『守護神』⁉︎ オスガリアに? オスガリアには、何の力を持たぬ人間しかいないはず……! それ、単なる人を守護神とかなんとか言って国民を騙してたりしてないか?」
「それも考えられなくもない。しかしこれはウェズリアに伝わる言い伝え。 真実か否か、答えは分からないはずだった。 しかし、その辺はさすがは〈千年霊木〉。 きちんと記憶していたようだ」