あたし、『魔女』として魔界に召喚されちゃったんですが。
そして、身体を震わせている姫の目の前に立つと、紗桜はパチンと指を鳴らした。
すると、目の前に王冠をかぶり、見事なローブを着込んだ年配の男の人が現れた。
きっと、この国の皇帝だ。
この生きていくのも精一杯なオスガリアで相当贅沢をしていたのか、その身体は心なしかふくよかだ。
しかし、その髪は心労によるものなのか、真っ白に染まっていた。
戦いに巻き込まれぬよう、別の場所へ避難していたのであろう。
彼は事態を飲み込めていないのか、ただ立ち尽くしている。
「父上!」
「ローズ! これは……」
「ふふふ」
「お前は……天使か……?」
父と子は、駆け寄ると互いを抱きしめあった。
紗桜の神々しさを目の当たりにし、怯えているようだ。
柔らかな笑みを浮かべていた紗桜は、すぐに冷ややかな視線を落とす。
「──あなたたちは、大罪を犯した。 この国を治める立場にあるのに、この世界が悪くなるのを見ても、何もしなかった。 あなたたちは、己の欲を満たすことしか考えず、行動しなかった」
紗桜の言葉に、皇帝は肩を震わせた。
「おっ、王族がなにをしようと、勝手だろうっ!」
「そうよ!」
足が震え、立つことさえままならなくなってしまった皇帝に変わり、姫が声を荒げた。
「王族は、選ばれしものなのよ! 庶民たちとは違うのよ! わたくしたちの役目は、庶民の上にたち、彼らを使ってあげることでしょう⁉︎」
その姫の言葉に、吐き気を覚えた。
人を、『使う』と言った……。
けれども、紗桜は姫のその言葉にも動じない。
淡々と、話を続けた。
「……本来王族は、贅沢をさせてもらう代わりに、国民たち一人一人にはできないことを代わって代表して行う人のことだと、私は思っているわ」
「王族が贅沢するのは当たり前じゃない。 この国の支配者なんだもの」
「けれど、あなたたちは国のためにその身を削って行動したことはある?」
「そんなの、なぜわたくしたちがそんな庶民のようなことをやらなければならないの?」
吐き捨てるように言った姫の表情が、脳裏に焼き付いて離れない。
人は、こんなにも汚い表情をするのか、と。
王族の世界は、こんなにも、生きる世界が違うのか、という衝撃が身体を貫いた。
「あなたたちに、人の上に立つ資格はない」
「っな!」
歪んでいた姫の表情が、たちまち蒼白になる。
「あなたたちは、ダメな王族の見本だわ。 王族なら、この王子くらい国を思いやってもらわないと、国はこの世界のように再び悲惨な末路を辿るわよ」
紗桜は、カカオのことを知っているようだった。
もしかすると、こちらの世界を地球から見ていたのかもしれない。
カカオは、自分の身を呈してまで国を守ろうとしてくれた。
確かに、王族とはその国の顔でトップ。
他国から自国を守るために国のトップである王族は踏ん反り返っていなきゃいけないときもあるのかもしれない。
でも、それでもただ威張り散らしてるだけじゃ、ダメだと思うんだ。
紗桜は、また白い腕を高く持ち上げ……パチンと指を打ち鳴らした。
「っ!」
とたんに、ふたりの王族はその場から消える。
「えっ……」
消えた……?
「紗桜? なにしたの?」
「今度はあのふたりをここから追放しただけ。 きっと、ルクティアの天使たちの監視下にあるオスガリアより端にある国にいるわ」
「えっ、追放⁉︎」
そんな大事に⁉︎
驚きを隠せないあたしに、紗桜は眉を下げた。
「あー、追放といってもオスガリア帝国の侵入禁止だけ。あとは天使たちの監視下に置かれた状態での更生生活ね。 贅沢は禁止されて普通の暮らしをするの。 まぁ、監禁とか拷問とかするわけじゃないから、心配しないでね」
姫たちは、あの思想を変えることはできるんだろうか。
王族であるということで、自分自身が他のものとは絶対的に違うと思い込んでしまう。
生まれは違っても、皆同じ、人間なのに。
生まれたときからの教育、それは刷り込みとなって脳裏に焼きつき己の信念として自分の中央に染み付いて離れないのだろう。
ふと、考えて怖くなった。
「えーっと、オスガリアの他に国があるの?」
話を逸らしてみる。