刹那との邂逅
 囁かれた声。

 それがじわりじわりとスノウの胸の裡からゆっくりと全身に広がっていく。

 余韻を持たせるように、蓮はじっと動かない。

 2人は触れない。

 でも、確実に2人は触れあっていた。

 触れていないのに、その存在を強く感じていた。

 噛みしめるうち、スノウの瞳からポタリポタリと涙が落ちた。堪えきれずに嗚咽まで洩らしそうになる。


 まるで言霊だと思った。


 本当に、自分が目の前から消えても、蓮の中に残ってくれるんじゃないだろうか? そんな勘違いを起こしてしまいそうな程、感情の込められた言葉だった。


 「あり、が、と」


 スン

 と鼻をすすりながら、ヒクッと喉を引くつかせながら、それでも蓮と同じ方向を向いたままスノウは動かない。

 そんなスノウを目の前にして、蓮も動けずにただ同じ体勢を保ちながら目頭が熱くなっていた。


 ――なんだか、本当に消えそうだ


 掴みどころがなくて、よく分からない少女スノウ。

 たった一つの願いが、こんな過去のドラマのセリフ。



 唯一のその重みは……このリクエストを、蓮は誰にも叶えたことが無いことだ。


 蓮の意向、そしてドラマの重みを持たせるためという制作側の意図もあって『ラストのこのシーンはスノウの為だけにある』という言い逃げをして、誰から乞われても蓮はこのリクエストを……映画の再現を、承諾したことはなかった。

 勿論オフレコでもだ。

 それほどの価値を持たせたワンシーン。

 それなのに、蓮がどうして『スノウ』になら捧げてもいいと思ったのか。

 それは自身でも分からない不思議な気持ちが働いてのことだった。

 だから蓮をそんな風にさせる存在のスノウを、ただの普通の女と同じようにはしたくなくて、勝手に触れることすら自分で戒めていた。

 触れない距離感にもどかしさを感じながら、蓮は髪の毛の一本にすら触れなかった。
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