刹那との邂逅
「ありがとう。お願い、たくさん叶えてもらって」
殊勝な声で礼を言われ、一瞬前のドキドキが蓮の中からスーッと消えていく。
その感覚に指先が冷たくなるのを感じながら、何の言葉も出ずにただ目の前のスノウを見つめる。
「50万じゃ、足りなかったね」
寂しげな声でそう言われ、蓮はハッとした。
スノウは自分を買ったつもりで傍に居たのだ。
いつの間にかそんな契約のことなどどうでもよくなっていた蓮は、その言葉にショックで言葉が出ない。
目を見開いてただ凝視していると、目の前のスノウは申し訳なさそうにごめんなさい、と頭をまた下げた。
耐えられず手が出そうになって、寸でのところで手を引いた。
手を出したら、何かが壊れてしまいそうで、怖かった。
思い出せ、と拳を握りしめ、数時間前の決意を脳内で反芻した。
――手は出さない。
何かに怯えるように両手を後ろポケットに突っ込むと、蓮は空気を壊すように無関係のことを言った。
「スノウ。お前さ、役者やれよ」
「え?」
「演技。上手くなる」
「そう、かな?」
「うん」
そう言えば『セリフ練習がつまらないものではなかった』と伝わるかもしれないと蓮が思いながら言うと、スノウは嬉しそうにやってみようかな、と呟いた。
その声はやはり小さくて、ほんの少し高くて……愛らしく蓮の耳に響いてしまった。
――馬鹿だ、俺は
こんな時になって、気が付くなんて馬鹿げていた。
必死に押し込めていた気持ちが、ビックリ箱のように飛び出てくる。
最初から嫌じゃなかったのは、声だった。
次にその態度。幼く見えて、妙に大人びていて、けれどあどけない表情を見せるスノウが、可愛いと感じ始めたのは何時のことだろうか。
そう、たった数時間。
勝手に押しかけてきた、昨日までまるで知らなかった人間に、蓮は呆気なく落とされた。
やばい、と思った時には引っ込めたはずの連の腕が再び伸びていて、ポケットから飛び出した両手がスノウの頬に触れそうになっていた。
けれどその瞬間。
ピリリリリ、ピリリリリ
うるさすぎる携帯の着信音が鳴り響き、二人の視線は蓮の鞄に集中した。
意識を取り戻した蓮は、落胆した気持ちを抱きながら鞄に近づくと携帯電話を取り出す。
相手を確認すれば、今回の舞台監督と出ていて、電話に出ないわけにはいかない。