刹那との邂逅
「悪い。ちょっと電話出てくる」
「はい、どうぞっ」
まるで自分を気にするなとでも言うように、どうぞと手のひらを上にして携帯を示すスノウ。
指さしたりしないその態度も、蓮の目にはやはり良く映った。
携帯電話の受話ボタンを押しながら、そのまま足を寝室へと向ける。
パタンとしまるリビングの扉を見つめながら、スノウは一人になった部屋でグッと重たいものが胸に広がるのを感じた。
「今だよね」
出て行くのは、という言葉が続けられずに、零れそうな涙をぐっと袖で拭う。
テーブルに放り出されたペンを拝借すると、ソファーの隅に置かせてもらっていた小さなカバンから封筒を取り出した。
袋の中身を確認して、封を閉じるように指で挟んですっと横に引く。
表面を見つめてから、スノウはペンを走らせた。
そのまま慌ててリビングを出ると、音を立てないように扉を閉じる。
まだ話声のする寝室を前にして頭を下げると、靴に足を突っ込んでなるべく音を立てないように気を付けながら、それでも響いてしまう音に目を瞑って扉を閉じ、家を走って出た。
エレベーターまでの短い距離の間に浮かぶのは、初めて生で見た椎名蓮のたくさんの顔。
最初に見た不躾で嫌な態度の蓮。
眠った顔に、風呂上がりの表情。
掃除洗濯をする主夫みたいな一面。
セリフ覚えをする役者としての雰囲気はやっぱりキリリとしていて、恰好が良くて。
最後のお願いに込められた言葉の重みに心から震えた。
思い出しながら、二度と手に入らないだろう『刹那』の欠片たちに涙が止まらなくなる。
ボロボロ涙を零しながらやってきたエレベーターに乗り込むと、嗚咽が庫内に響くのにも構わずスノウは泣きながら地上へと降り立った。