刹那との邂逅
 そんなやるせない日々を過ごす蓮は、現在、ドラマ『スノウ』の演出家である人物に呼ばれ、お忍び公演に出ている。

 蓮が舞台に出ていることは知らされていない、こじんまりとした地方の舞台。

 それも主演ではない、全くの脇役だ。

 もう蓮程の人気俳優であればすることもない役だと、世間の人には言われるかもしれない。

 しかし蓮は、自分の原点はスノウであり、この演出家に付いて、もう一度何かを得たいと感じていた。

 それに、地方公演のいいところは客席が近く、反応が大きく分かるところだ。

 電磁波を通してでは見えない、ナマの反応が見えるという意味でも、蓮の心に忘れかけていた何かを思い出させるようだった。

 反面、マイナス要素と言えば……セキュリティーが厳しくない点でもある。

 自由に行き来しやすい受付は、入場無料で押し切ることは無理でも、受付までは誰かれなく入って来ることが出来る。

 幸い、強引に押しかけてくるような人物はいなかったとはいえ、助演男優賞まで取ってしまった蓮の周囲の関係者たちは、少しピリピリしていた。

 そんな舞台の最終日。

 受付の女性から声がかかり、蓮は後ろから自分を呼び止める声に足を止めた。

 「椎名さん、すみません」

 受付の女性は、相手が椎名蓮だからと言って態度を変えるような若い人ではなく、40代だろう、昔気質のかあちゃんタイプな主婦だ。

 蓮はこの公演の間の打ち上げで打ち解け、あれこれと話をしていた。

 だから呼び止められても、その瞬間に深い意図は感じず、また飼い犬の話かとでも思い、話しを聞く前からニヤリと笑ったほどだ。

 だから、どうしたんですか? と言いつつ、振り返るその寸前まで、何の不安もなかった。

 しかし、振り返ったその先には、珍しく戸惑いの表情を浮かべて話を切り出さない彼女が居た。

 いつもならニコニコと笑っていて、竹を割ったような性格の彼女が、まごつく態度など見たことはない。

 そんな彼女の様子がいつもと違い過ぎで、瞬間に不信感を覚えた。

 何か失礼でもあったのだろうか? それとも、強引にファンでも押しかけて来たのだろうか?

 懸念されていた事項なだけに、連はこれから告げられるだろう事柄に覚悟すべく、ゴクリと唾を飲んだ。

 直後、彼女は申し訳なさそうに口を開いた。


 「あの、どうしても直接渡した方が良いような気がして、預かったままなんだけどね」
 「何のこと?」
 「椎名さんへの、ファンレター……のようなものだと思うんだけど……」
 「ファンレター?」


 お忍びと言えど、知る人は知っているもので、蓮がこの舞台に出ていると知ってやってくるファンも多い。

 そして比較的渡しやすい受付に、強引にファンレターを渡す人間もチラホラいる。

 仮にそういうファンがいたとしても、そう言ったものはまとめてマネージャーに渡すことになっていて、受付の人間から直接蓮に渡すことなどなかった。

 しかし今回の公演中は、受付に押し付けるようなファンはいなかったようで、蓮はどこかで安心しきっていた。

 しかし、それは自分の思い過ごしであったのかと重い、自然、眉間にシワが寄る。
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