刹那との邂逅
「は?」
少し酔いのさめた頭で、聞こえてきた言葉を冷静に解読しようと試みるも、やはり意味が分からず蓮の思考は固まった。
――一体目の前の少女は何と言ったんだ?
「ここに50万円入っています。これで、あなたの今日を私にいただけませんか」
「……いや、ちょっと。ちょっと待って。……君、頭大丈夫?」
告白をしに来たんだろう、とは思っていたが、とんだ告白違いだ。目の前の少女は蓮の想像の範疇を超えたことを言っている。
――俺を買うって、どういう意味だ?
考え方によっては空恐ろしい空想をしてしまいそうになり、蓮は一瞬体にぞわりとしたものが走った。
男性が女性に求めるので有れば、性的な要求と言うことも考えられる。しかし目の前の少女がそう言ったことを考えているとは考えにくい。
いや、人は見かけによらないものなのかもしれない。身体を縛り上げ、SMめいたとんでもない要求を突き付けてくるのかも――
などと、とんでもない空想が過ったが、よくよく考えてみれば目の前の少女に怯える必要はないと蓮は考え直した。
たとえ酔ってふらつきのある身体と言えども、目の前の少女に力で負けるとは到底思えない。
より冷静になった様子の頭でようやく蓮は落ち着きを取り戻し、息をふぅっと吐き出してから少女を見つめた。
虚弱としか思えない見た目に、子供っぽさの残る顔立ち。
勢いに身体が震えているのか、頬はピンクに染まっていて可愛らしさも感じる。けれど、その部分より少し上。瞳から放たれる眼光は、より鋭さを増していて蓮は意図せず身体が引けた。
「頭は至って正常ですし、精密検査をしても問題はありません」
「そういうこと言ってるんじゃなくてさ」
「とにかく、今日しかないんですっ」
冷静になっていく蓮とは反対に、落ち着いた様子を見せていた少女から落ち着きが欠けていく。今日しかない、と切羽詰った声を漏らす少女に蓮は眉を顰めた。
「お願いします。もう二度とアナタの前にも現れません。今日だけです。だからっ。だからアナタを、椎名蓮を買わせてほしいんです。何をして欲しいわけでもありません。ただ、傍に……同じ空間に居させてくださいっ」
そう言って少女は勢いよくぴょんと頭を下げた。額が膝につきそうな程折れ曲がる身体に、蓮は身体が大丈夫なのかと一瞬不安になる。
「いやあの、さ。顔、上げてくれるかな」
朝6時のエントランス。早い時間とは言え、今すぐ誰かが来てもおかしくない。ここで揉めても白い目で見られるのは当然顔の割れている自分で、目の前の少女ではない。
一筋縄で片付かないだろうことに嘆息しながら、もう立っていることも億劫になり少女に一言告げた。
「とりあえず、こんなところで騒がれるのはゴメンだから……家まで来て」