暗闇の恋
最後の授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。

「歩、今日はおばさんの迎え?」
「ううん、仕事入ったみたいだから歩きで帰る。」
「そっか、一緒行こうか?話聞きたいし!」
きっと理沙は今ニヤニヤしてる。
言葉の語尾が弾んでた。
「聞きたいって言われても、さっき話しただけなんだけど…。何処の誰かも知らないし…。」
「まぁまぁ、さっ帰ろう!」
私は理沙と一緒に帰ることにした。
弱視の理沙はたまに私を家まで送ってくれる。
外は傘をささなくてもいいぐらいの小雨になっていた。
「歩良かったね。そんなに降ってないよ!」
「うん、良かった。」
二人で直杖をコツコツさせながら歩く。
テンポが違うから、これもまたリズムが心地良くなる。
理沙と奏でるリズムは好き。

もうすぐ彼と出会った交差点にさしかかる。
「ねっここでしょ?出会った交差点!」
「うん、そう。」
見えない分、匂いであの人を探してしまう。
いるわけないか…。
信号機がメロディーを奏でる。
私たちは歩きだす。
ふいにシトラスとムスクの香りがした。

「あっ!!」
「なに?どうした?」
「匂い!あの人の匂いがした!」
「えっ本当?」
理沙の問い掛けに答えなかった。
私は自分でも信じられない行動を起こした。
隣に理沙がいるこの時を逃したら、この先会えない様な気がした。

「この前私を助けてくれた方ですか??」
大声で叫んだ。
「ちょっ!なに?恥ずかしいじゃん!」
「いいから、周り見てて!」
「あっそっか!!」
理沙は私の考えに気付いて周りを見た。
「私を助けてくれた方はいませんか?」
交差点の真ん中で叫んでる私は注目の的だった。
周りの視線を感じる。
周りの声が聞こえる。
信号機が再び音楽を告げる。
今度は危険を知らせる音だ。
「いたっ!あの人、歩の声に気づいてないよ!」
「行って!止めて!」
理沙の白杖の音が遠くなる。
白杖の音が消えた方向に歩きだす。
急にまた手を掴まれ引っ張られる。
あの時の手だ。間違いない。
信号が変わったのか車が動き出す音が聞こえる。

手のひらに文字。
【なにやってんの?あぶないだろ!】
「ごめんなさい。あなたにもう一度会いたかった。」

急激に強い雨が降り出した。
周りで傘が次々と開いていく。

雨なんてどうってことない。
私はゆっくり手を前に出す。
彼の胸があたる。
そのまま上に手をずらし上げていく。
痩せているけど筋肉がついてる。
首も太くて、しっかりしてる。
あご、鼻、目、眉…耳。
耳を触るところで、手を掴まれた。
ゆっくり手を下ろされ、引かれて歩きだす。
雨が途切れた。
屋根のある場所に移動してくれたんだ。
そのまま手のひらに文字を書かれる。
【君はいつも車にひかれそうなんだな?】
「そっそんなことないです。たまたまで…」
【冗談だよ。】
「…あの、この前も今もありがとうございました。」
【いいよ、気にしないで。あの子は君の友達?】
理沙のことだ。
「はい。あの…君じゃなくて、井伊垣 歩です。」
【僕は八雲 郁。】

やくも…いく。
名前知れた。
「あの…また会えますか?」
恥ずかしくて俯いてしまう。
顎の持たれ顔を上にあげられる。
ドキドキする。
【下に向けられたら、くちびるを読めない】
「あっごめんなさい…」
そう言われて急に恥ずかしくなる。
リップでもしておけばよかった…。
【で、なに?】
「また会いたいです。」
沈黙が流れた。
私いけない事言った??
【それはやめておこう。】
手のひらに書かれた文字の意味がわからない。
やっぱり、いけない事を言ったんだ。
【お互い障がい者だから、難しい。】
「えっ?そんな…」
【じゃもう行くよ。さようなら。】
掴まれてた手が離れた。
とたんに彼の気配が消えた。
「やっ…待って!!」
足音が雨音に邪魔されて聞こえない。
シトラスとムスクの香りも雨の匂いにかき消される。
「やだ…八雲さん!!」
叫んでも彼には届かない。

足音が水の音と一緒に近付いてくる。
理沙の足音。
「歩…どうしたの?」
「彼、八雲 郁って名前だって…」
「おぉ!次会う約束とかした?」
「ううん…」
「なんでよ〜。もったいない!!」
「私たちは障がい者だから難しいって言われた…」
「はぁなにそれ!?」
さっきまで自分の事のように嬉しそうにしてた声は怒りの声に変わった。
「やだ…歩…泣かないでよ…」
気付けば私は泣いていた。
声を出して泣いていた。
彼の言った言葉は時間をかけて心にどんどん刺さっていく。
【お互い障がい者だから難しい】
じゃ私の目が見えてれば変わっていたのだろうか?
考えても仕方のない事を考える。

恋ってツライ。
初めてそう、思った。
これが恋なら、知りたくなかった。
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