暗闇の恋
あれから郁と会っていない。
メールも電話もひたすら無視してしまっている。
虎ちゃんも電話に出ない。
家に行っても出てこない。
家の中に居る気配もない。
避けられてる。
当たり前のことだけど、辛い。
学校の帰り、理沙に誘われた。
いつものカフェは郁と会うかもしれないから、いつもと違う場所を選んだ。
以前お母さんと来た事のあるカフェ。
店内に入って案内され席についた。
微かにシトラスとムスクの香り。
郁と同じ香りだと思った。
甘い香りもする。
そういえばここ手作りケーキがあったんだ。
理沙が郁との事を聞いてきた。
自分でもどうしたらいいのかわからない現状。
郁が恨んでる相手の娘だなんて言えるわけがない。
会いたいけど、会いたくない。
この一週間そんなことばかり頭に浮かんでは消えていく。
不意に後ろから声がした。
喧嘩してるような…何処かで聞いた事ある声。
ゆっくり振り返ると、さっきの甘い香りが強くなった。
「まどか…さん?」
なんでここに、いるの?
じゃ郁も居る?
さっきの話…聞かれた??
私の前に誰かが立ちふさがった。
そっと、手を伸ばして確かめた。
すぐに触れたのは知ってる人…郁の背中。
やっぱり郁も居たんだ。
どうしよう…嬉しい。
瞬間まどかさんが怒鳴るように口に出した。
隠しておきたかった真実。
郁が振り返り私の肩を掴んだ。
何?何か言ってるの?
書いてくれなきゃわかんない。
手を出したけど、掴んでくれなかった。
まどかさんが郁の言葉を言った。
なんで?まどかさんに言わすの?
書けばいいじゃない!!
それになんて言えばいい?
どんな風に言えばいいのかわからない。
黙ってると店員さんに注意をされた。
私たちは同じテーブルに座った。
隣に理沙が座り、向かいに郁、その隣にまどかさんが座った。
郁は少し落ち着いたのか私の手をとり文字を書いた。
いつもより重たく感じた。
全部ちゃんと伝えよう。
話始めて少ししたら、まどかさんが止めた。
まどかさんは、ここに居ない方がいいと帰ろうとした。
正直そうして欲しいと思った。
関係ない人はここに居ないでもいいんじゃないかと…。
なのに、それを理沙が止めた。
まどかさんはここに居るべきだと、聞くべきだと…。
そう言われてその通りだと思った。
同時に自分は子供で、本当に自分勝手なんだと思い知らされた。
理沙がまどかさんを止めたのは、当たり前の行動だったし、理沙は大人で凄いと思えた。
一通り話終えたところで、郁は私の手を握った。
よかった。わかってくれたんだと思った。
でもすぐに違うことに気付かされた。
郁が終わりを告げた。
私とは続けていけないと…。
さよならと文字を書いて郁は席を立った。
慌てて止めるけど声が聞こえない郁の足音を遠くなっていく。
まどかさんに止めてくれるように助けを求めたけれど、冷たい声で断られた。
郁の気持ちを考えてほしいと…じゃ私の気持ちは??
自分勝手でもいい。
私の気持ちも考えてほしい。
私がしたことじゃない!
私のお父さんがしたことじゃない!
私だってあの事故でこんな目になったんだよ!?
同じ被害者なのに…。
郁にさよならと言われたことへの悲しみより、私の気持ちも考えてくれなかったことへの怒りが多くなる。
子供のあなたにもわかるでしょって何?
たった3歳しか違わないのに、そんなに大学生って大人なの?
まどかさんは机に置かれた伝票を取って郁を追いかけて行った。
一人残された私は呆然とするしかなく、残りのアイスティーを飲み干した。
結局私は今までそばに居てくれてた虎ちゃんも、私を好きだと言ってくれた郁も失ったんだ。
その場に居続けることも出来なくて、アイスティーを飲み干した後すぐに店を出た。
けれどすぐに家に帰る気にもなれなくて、ブラブラと歩いた。
白杖の音はいつもより淋しそうな音がする。
いつだって私の気持ちが現れる。
考えることなく歩いてしまって自分が何処に居るのかがわからなくなった。
電話しようと携帯を探したけれど見当たらない…あぁさっきの店で忘れたんだと気付く。
周りの人に聞いて帰ればいいし、最悪交番に行けばいい…でも、そんな気力が湧かない。
いっそう消えてしまいたい。
虎ちゃんを想って、郁を想って…結局自分のこと一番に考えて…自己嫌悪にもなる。
何処をどのくらい歩いていたのか足が痛くなり、歩くのをやめた。
店を出てから初めて時間を確認した。
時計の針が11時を回っている。
店に行ったのが夕方4時過ぎだった。
それから話してた時間を考えても店を出たのが6時か7時…そりゃ足も痛くなるよね…。
お母さん…心配してるよね…。
帰らなきゃ…。
声をかけるにも、人通りが少ない。
とりあえず人がいるところに行かないと…。
再び歩き初めて、近付いて来る足音の気付いた。
やだ…どうしよう。怖い。
「歩…?歩か?」
聞きなれた声が私の名前を呼んだ。
「虎ちゃん…?」
駆け寄ってきた足音は前で止まると、頬に痛みが走った。
そんなに強くじゃないけれど虎ちゃんは初めて私の頬を殴った。
不意に殴られて驚きと、久しぶりに聞く虎ちゃんの声に安心して泣き出した。
虎ちゃんは私を引き寄せ抱きしめた。
「こんな時間まで何やってるんだよ!電話に出ないし、おばさんも心配してんだぞ!!」
「ごめん…なさい。」
「待ってて…」
そう言って虎ちゃんはお母さんに電話をかけた。
電話の先でお母さんが、よかったぁと声を漏らす。
「何があったかは理沙ちゃんに聞いた…みんな心配してるから、帰ろう。」
虎ちゃんはなんで私に優しくできるの?
あんなことした私に…。
少し歩いて大きい道路に出た。
人々と車の行き交う音がする。
虎ちゃんはタクシーを止め私を先に乗せた。
5時間程歩いていたのに、家からそんなに距離はなかったのか、30分程で家に着いた。
怒られると思っていたけれど、お母さんは黙って抱きしめただけで何も言わず何も聞かなかった。
虎ちゃんとは車内でずっと無言のまま。
ただ私が手を出し虎ちゃんの手を握ったけれど、虎ちゃんはその手を振り払うことはしなかった。
それどころか握り返してくれた。
車内でずっと虎ちゃんの手のぬくもりと強さを感じていた。




< 41 / 45 >

この作品をシェア

pagetop